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【渡航歴】ロシア②

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2010.07 ロシア旅行記

~続き~

モスクワ/Москва
マトリョーシカとコサックダンスの国ロシアの首都モスクワ。

この年のロシアの7月は例年にない猛暑だった。
(あまりの暑さで自然発火によりロシアの森が燃えたとニュースでやっていた)

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クレムリン
帝政時代にはロシア皇帝の居城とされ、現在はロシア連邦政府の諸機関が置かれている。また、ソ連解体前はソ連政府のことをさした。ウスペンスキー大聖堂、ブラゴベシチェンスキー大聖堂、アルハンゲリスキー大聖堂、クレムリン大宮殿、グラノビータヤ宮殿など、さまざまな時代に建造された大聖堂や宮殿がある。
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引用

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ウスペンスキー大聖堂
国教大聖堂として歴代のロシア皇帝の戴冠式が行われた。柱には聖人と殉教者たちが描かれている。
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武器庫ダイヤモンド庫
ロシアの国立博物館で,装飾品の収蔵で知られる。16世紀にモスクワのクレムリン内に創設された武器の製造場兼収蔵庫を前身としている。17世紀にはイコンのアトリエとしても用いられた。18世紀初頭ロシアの首都がペテルブルグに移ってからは,帝室所有の貴重品を収める宝物殿となり,1813年に博物館として発足した。現在ここには武器,防具類のほか,キエフ・ロシア時代の王冠をはじめ,代々のツァーリの玉座や衣服や馬車,金・銀製の食器,金糸と真珠をちりばめた高位聖職者のための僧衣などが数多く収められている。

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引用

左)18世紀の宮廷馬車、右)モノマフの帽子
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鐘の皇帝大砲の皇帝
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ヴァスクレセンスキー門
赤の広場の北側の門。国立歴史博物館とカザンの聖母聖堂の間に位置する。17世紀に建造。旧ソ連時代の1931年、パレードの邪魔になるという理由でスターリンにより破壊されたが、1993年に元の姿に再建。
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門の前には「ロシア全道路の起点」がある。ここで願い事をしながらコインを投げる。
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赤の広場
世界を揺るがせた歴史的な出来事が何度となく発生し、広場の東に残る礎石(そせき)「ロブノエメスタ」には、義賊ステンカ・ラージンが17世紀末に処刑されたのをはじめ、何人もの反権力指導者が断罪された。1812年には皇帝ナポレオン率いるフランス軍が侵攻したが、あまりの寒さのために、最終的に引き返すことになった場所である。ロシア革命当時には、革命軍(赤軍)と反革命勢力(白軍)の戦闘が繰り広げられるなど、血なまぐさい歴史が繰り返された。

「赤」はソビエト連邦の社会主義に起因するものではなく、元々ロシア語では「美しい」という意味もあり、広場の名前は本来「美しい広場」というものであった。広場は北西から南東に長く、南西側にはガガーリンやスターリン、片山潜などが眠るクレムリンの城壁とその中の大統領官邸、城壁に接しているレーニンの遺体が保存展示されているレーニン廟、北東側にはグム百貨店、北西端には国立歴史博物館とヴァスクレセンスキー門、南東端には葱坊主の屋根の聖ワシリイ大聖堂と処刑場・布告台だったロブノエ・メストがある。

旧ソ連の国旗
国旗_旧ソ連

画面の下側がグム百貨店、真ん中がレーニン廟、上側がクレムリン、左側が聖ワシリィ大聖堂、右側が国立歴史博物館
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ヴァスクレセンスキー門をくぐると赤の広場に入る。
何度来ても飽きなかった。

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ポクロフスキー聖堂(ワシリー寺院)
赤の広場にあるロシア正教会の大聖堂。正式名称はポクロフスキー大聖堂。16世紀半ば、初代ロシア皇帝イワン4世がカザンハン国に対する戦勝を記念して建造。中央の主聖堂のまわりを八つの小聖堂が囲む。17世紀から19世紀にかけて、現在見られる計九つの玉ねぎ型のドームが造られ、彩色が施された。

この地を支配していたモンゴル軍との戦勝を記念して、イワン雷帝によって1560年に建てられた。イワン雷帝に使えていたワシリー修道士にちなみ「ワシリー寺院」と呼ばれている。そのあまりの美しさに驚いたイワン雷帝が、二度とこのような美しい建物ができないように、設計者の眼をくり抜いたという話が伝わっている。スターリン同様、独裁者は何をしても罪に問われないのである。なお雷帝と呼ばれたのは、その声が雷のように大きかったためとか。

前に建つ像は、モスクワをポーランド軍から解放した英雄、ミーニン(商人)とポジャルスキー(スーズダリ大公)
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内壁に描かれたフレスコ画や絵画
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イコノスタス(寺院の内部を一般信者が礼拝する場所と至聖所とを隔てるイコンの壁)
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聖ワシリー寺院からの赤の広場の眺め
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映画「アメリ」を真似て、各国の観光名所で相方をパシャり
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ボクの相方はアヒルのガーコと絵描き歌コックさん(5名まで隊員募集中)
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ファミコンやゲームボーイでよくやっていたテトリスの背景にこのワシリー寺院が使用されていたので、これを見た時テトリスを思い出した。ちなみにテトリスはロシア生まれ。
(オヤジの戯言:最近のガキは、ちょっと触れるだけでバグるファミコンや白黒画面のゲームボーイとか知らねえんだろうなー)


ロブノエ‐メスト(元処刑場)
聖ワシリー大聖堂の前に位置する。16世紀に建造。かつてロシア皇帝が布令を発する場所として、また重罪人の処刑の場として用いられた。17世紀の農民反乱の指導者ステンカ=ラージンがここで処刑されたことで知られる
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レーニン廟
赤の広場にある革命家ウラジミル=レーニンの霊廟。レーニンが死去した1924年に木造の遺体安置所が設置され、1930年に現在見られる赤い花崗岩(かこうがん)を用いた石造の廟に造られた。旧ソ連時代には、赤の広場で毎年催されたメーデーと革命記念日のパレードの際、書記長をはじめとする共産党指導者や政府首脳が廟の上に立って観覧し、演説を行ったことで知られる。
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国立歴史博物館
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様々な展示物の中でも、白赤の広場での軍隊の行進のフィルム映像が印象的。すぐそこでやってたと思うとドキドキする。
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グム百貨店
外資系ショップやレストランなどが入っている
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夜になるとライトアップする
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コローメンスコエの昇天教会
首都モスクワ中心部の南東、モスクワ川右岸の高台にあるコローメンスコエは、かつてモスクワが首都だった時代のモスクワ大公国のイワン4世(雷帝)からピョートル1世(大帝)までの歴代の大公・皇帝の別荘地となってきたところである。1925年、ここに野外文化財博物館が設置され、ロシア各地の歴史的建築物が移築、保護された。その中のキリスト昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)が、世界遺産に登録されている。この教会は、モスクワ大公国のヴァシーリー3世が、のちにイワン4世となる息子の誕生を祝って1532年に建てたもので、多角錐状の木造屋根を持っている。ロシア正教会の聖堂建築は、玉ねぎの形をした屋根(ルコヴィッツァ)を特徴としていることで知られるが、これは、その玉ねぎ形の屋根のない、ロシアで古くからやぐらや塔などの木造建築で採用されてきたものである。この教会は、コローメンスコエの歴史的建築物の中でも、最も古い建物である。

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引用

ヴォズネセニエ教会。ロケットのようなフォルムが特徴。渡航歴_ロシア_モスクワ_18_1

前門(宮殿門)
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ノヴォデヴィチ女子修道院群
モスクワにある正教会の修道院の中でも、最も有名な女子修道院の一つである。この修道院の建物は、リトアニアからのロシア領土奪回を記念して、当時のモスクワ大公国のヴァシーリー3世(1479~1533年)の命により建設が始まった。現在残っている修道院の建築物群は15の建物からなる。6本の柱と3つのドーム屋根を持つスモレンスキー聖堂は、1524年から1525年にかけて建設されたもので、モスクワ・バロック様式の傑作とされ、ロシア建築特有の中央の切妻屋根は、雷帝と呼ばれたイワン4世(1530~1584年)の治世に建設されたものである。この聖堂の中には、16世紀のテンペラ画を主体にした壁画がある。
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外壁の傍に湖がある
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この湖でチャイコフスキーがバレエ曲「白鳥の湖」の構想を練った。この時は白鳥ではなくて鴨がいた。
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トレチャコフ美術館(本館)
トレチャコフ美術館は、歴史的には1851年(英語版では1856年)にモスクワの商人で工場主であったパーヴェル・ミハイロヴィッチ・トレチャコフ(1832年-1898年)とセルゲイ・ミハイロヴィッチ・トレチャコフ Sergei Mikhailovich Tretyakovの兄弟が自邸に開いた美術ギャラリーから始まった。トレチャコフ兄弟により様々なロシアの芸術家たちの作品が収集され、現在ではロシア最大級の美術館のひとつにまで成長した。

ロシアのイコンの傑作、左)至聖三者、右)ウラジミールの生神女
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座るデーモン
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1861年2月19日の読書 
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お目当ては↓コレ

見知らぬ女
ロシアの画家イワン・クラムスコイの作品。雪景色を背負った若い女性は、誇らしげであり高慢そうにみえる。目鼻立ちは整っているが、絶世の美女というわけではない。その人となりは彼女の印象的なくちびる、物憂げな眼、濃いまつげといった表現によって露わになっている。まとっているのは流行りの黒い毛皮のコートと帽子、薄い革手袋であり、ペテルブルクのアニチコフ橋に馬車をとめている 。彼女がいったい何者であるのかは美術史家たちも明らかにすることができないままだ。
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土産にポスターを購入した。ドMのボクの部屋にピッタリ。


ボリショイ劇場
ロシアを代表するバレエ、オペラ劇場(歌劇場)である。「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」を意味し、単純には「大劇場」。ロシア国内のいくつかの都市には複数の劇場が存在し、大きなものをボリショイ劇場と呼び、小さいものをマールイ劇場と呼ぶ慣習がある。ロシア国外では、一般に「ボリショイ劇場」と言った場合はモスクワのボリショイ劇場を指す。

外観のみ。スケジュールが合えばバレエ・オペラを観たかった。
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引用


モスクワ大学
18世紀のロシアの学者ロモノーソフがロシア人子弟のための高等教育機関の創設の必要を元老院に建言し,これをうけたエリザベータ・ペトロブナ女帝の勅令によって1755年に開設された。

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引用

中に入ってちゃっかり講義を受けてやろうと思ったが、入口でIDチェックしていたので断念した。

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このモスクワ大学を含む、7つのスターリン様式のモスクワ建築があり、“七姉妹”“スターリンのウエディングケーキ”などと呼ばれている。

スターリン様式
ヨシフ・スターリン政権の時代のソビエト連邦で多く建てられた、建築物の様式の1つである。社会主義リアリズムの表現の1つであり、社会主義の発展と革命の達成を、摩天楼で表現し、労働者を鼓舞することを狙ったものとされる。スターリンは、ニューヨークの摩天楼に対抗し、モスクワに何十棟の超高層ビルを建設し、モスクワの風景をニューヨークのマンハッタンのようにするつもりだった。

芸術家アパート
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ウクライナホテル
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モスクワの建造物は1950年代に建てられたものが多くレトロな街並みになっている。
なんか無骨で男らしく感じる。

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黄金の環と呼ばれるモスクワ近郊に環状に連なる古都群に行った。

黄金の環
モスクワの北東近郊にある古都の総称。ウラジーミル、スーズダリ、セルギエフポサード、ヤロスラブリをはじめ、世界遺産に登録された歴史地区や建造物群を有する都市も多い。モスクワ以上に長い歴史を持つ町、モスクワと覇権を争った町、大きな歴史事件の舞台となった町などがある。

セルギエフ・ポサード/Се́ргиев Поса́д
1340年代にセルギー・ラドネシスキーにより創建された後のトロイツェ・セルギー大修道院の周辺にできた村を起源とする。古くからミニアチュールと木製玩具の製作が盛んで,タタール,ポーランド,リトアニアから攻撃された経験をもつ。

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トロイツェ・セルギエフ大修道院
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モスクワへ帰る電車の中、前に座っていたカップルが音をたててディープキスをずっとしていた。
“音はたてないでね”と心の中で思っていた。
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ウラジーミル/Владимир
市の歴史は,ウラジーミル・モノマフが1108年,この地に要塞を築いたのに始まる。57年アンドレイ・ボゴリュプスキーがここをウラジーミル・スーズダリ公国(〈ウラジーミル大公国〉の項参照)の首都とするに至って特に発展し,すでに衰退しつつあった当時のロシア(キエフ・ロシア)の首都キエフと対照的に,大きな政治的意味を獲得してゆく。

昨日に続いてディープキスをしているカップルを探したがいなかった。
あのカップルが特別みたい。ちょっと残念だ。
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ウスペンスキー大聖堂
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黄金の門
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ホテルの受付のねーちゃんが民族衣装を着ていて人形みたいだった。やっぱ制服いいね~。
(オヤジの戯言:こういう感情が若者でいう“萌え”というやつなのだろうか)
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スーズダリ/Су́здаль
12世紀前半,ユーリー・ドルゴルーキー公の治世にロストフ・スーズダリ公国の首都となる。一時ウラジーミル・スーズダリ公国に含まれるが,13世紀には独立したスーズダリ公国の,14世紀前半にはスーズダリ・ニジェゴロド公国の首都となった。(〈ウラジーミル大公国〉の項参照)14世紀末モスクワ大公国の支配下に入って以来政治的意味を失ったが,宗教的意味は保持し続け,主教座,16世紀から19世紀までは大主教座がおかれていた。

今回行った黄金の環の町の中でも、スズダリは最も田舎でのどかだった。
風が気持ちよかった。

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ラジヂェストヴェンスキー聖堂
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トルゴヴァヤ広場。町の中心地。
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田舎の小さな教会も生活感があっておもしろい
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スパソ・プレオブラジェーンスキー聖堂
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リザパラジェーンスキー修道院
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ここで休憩してた
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のんびり歩く
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木造建築博物館に行った。
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プレオブランジェスカヤ聖堂
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ぼっとん便所だった。見ちゃいけないと思ってたのに下を見てしまった。
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そんな落ちた気分を和らげてくれる風が吹く田舎町、スーズダリ。


~続く~

あとがき
ロシアンマフィアがヤバイってどれくらい?と思い、興味本位で世界のマフィアランキングを調べてみた。

Top 10 Biggest Mafias Around the world

10. Jamaican-British Yardies / ジャマイカ系イギリス人のヤーディ
9. The Albanian Mafia / アルバニアのマフィア
8. The Serbian mafia / セルビアのマフィア
7. Israeli Mafia / イスラエルのマフィア
6. Mexican Mafia / メキシコのマフィア
5. Japanese Yakuza / 日本のヤクザ
4. Chinese Triads / 香港の三合会
3. Colombian Drug Cartels / コロンビアの麻薬カルテル
2. Sicilian and American Cosa Nostra / シチリアのコーサ・ノストラ
1. Russian Mafia / ロシアのマフィア

ロシアは1位か・・・

“日本5位ですや~ん”   と思ふ今日この頃でございます


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| I2 渡航歴_2001~2013 | 20:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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