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【渡航歴】メキシコ・アルゼンチン④

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2013.01 メキシコ・アルゼンチン旅行記


~続き~

flag_flag_of_Argentina_1.pngアルゼンチン/Argentina

アルゼンチンといえば、タンゴ、エビータ、牛肉消費量世界一、飲むサラダのマテ茶、マラドーナ、モネール
渡航歴_アルゼンチンと言えば_1渡航歴_アルゼンチンと言えば_エビータ_1渡航歴_アルゼンチンと言えば_アサード_1
渡航歴_アルゼンチンと言えば_マテ茶_1渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_1渡航歴_アルゼンチンと言えば_モネールダンス_1

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_アルゼンチン_自己評価

自分の中では十分にアルゼンチンを満喫したので世界一周では訪れない予定です。
とはいえはあれから月日は経っていますし、アルゼンチンを全て観光した訳ではないので、もし
オススメがあれば教えてくださ~い




ブエノスアイレス/Buenos Aires
アルゼンチン共和国の首都。同国中東部、ラプラタ川西岸に位置する港湾都市。後背地の肥沃なパンパスからの小麦・酪農品などを輸出。ボカ地区はタンゴの発祥地。

観光名所
【渡航歴】アルゼンチン_ブエノスアイレスまとめ
引用

近年のアルゼンチンでは高インフレが続く経済状況で、物価が上昇し続け、アルゼンチンペソの価値が低くなっている。

それもあってアルゼンチン人も自国のアルゼンチンペソよりも安定している米ドルを欲しがります。

もちろんそんなことを考えるのは政府や金融機関ではなく、アンダーグラウンドな闇両替屋です。(目的な何なんでしょうか?渡米?資産運用?金の洗浄?)

ブエノスアイレスのメインストリートであるフロリダ通りを歩くと、そこら中から「カンビオ(両替)、カンビオ」という声が聞こえます。そのほとんどが闇両替屋です。本来、闇両替屋はひっそりやっているものですが、フロリダ通りでは日中に人が大勢いる中で客引きをしています。(捕まらないのでしょうか?)

ブエノスアイレスのフロリダ通り。都会的な通りです。
渡航歴_ブエノスアイレス_街並み_1渡航歴_ブエノスアイレス_街並み_4

ボクが行った時は、レートが2.7、つまり銀行で両替する2.7倍の額で両替できました。(なので普通の両替屋はココ半年でほとんど潰れたそうです)

2.7倍って思うかもしれないのですが、これで日本での生活レベルと同じぐらいになります。それだけ物価が上昇している(ペソの価値が低くなっている)ということなんです。

闇両替屋を利用すると得をすることが多いのですが、いくつか注意することがあります。

1.偽札が含まれている
      (ボクの場合、馴染みのない紙幣なだけによっぽどでない限り判断つかないです)

2. 枚数を誤魔化している
      (ボクの場合、受け取ったらどんなに枚数が多くてもその場で数えます)

3. レートや桁数を誤魔化している
      (ボクの場合、事前にレートを確認して換算後の値を確認してから両替をします。桁数が多いと1桁減っても気付きにくいです。)

4. 金を受け取るだけで、渡さない
      (渡した金を持って逃げたり、監禁される。レアケースですがなくはないそうです。)

ブエノスアイレスの闇両替のことは事前に耳にしていた。

こちらから数人の闇両替屋に声をかけ、その中最も高いレートのところで闇両替をした。

ブエノスアイレスで2回ほど闇両替をした。

その1回目がヤバかった(かもしれない)。

レートを確認した後、別のところで両替をするといことで「カンビオ、カンビオ」と客引きしていたニーチャン(見た目は普通)に付いて行った。

行き先は立派なビル(20階建ぐらい)、内観も綺麗。だけど薄暗く人気が無い。

不景気の影響?それとも闇両替というだけあって隠れて営業しているから?など思うも、念のためエレベーターには乗らずに階段で行くようにお願いした。

闇両替屋は2階のマンションの一室にあり、見た目はどこにでもある両替屋(パチンコ屋の両替場みたいな感じ)

入室してすぐ違和感を感じた。

(えらい薄暗いな・・・客はボクだけか・・・入口以外は全てカーテンに仕切られていて奥で何をしているかわからない・・・あれ?ヤバイとこ来た?)

ここで帰るという選択肢もあったが、(闇両替はどこも同じ)と思いそのまま闇両替を続けた。

後に立つ客引きのニーチャンに入口のドアは開けたままにしてほしいとお願いした。(最悪ダッシュで逃げられるように)

神経の半分を後のドアに集中している中、目の前の両替口のカーテンが開き、イカツいニーチャンが現れた。

まさにこんな感じ。軍服を着ていた。
渡航歴_ブエノスアイレス_闇金の風貌

やっっっばーーー、とは思いつつも、騒いだり途中で帰ると逆にヤバイことになるかもしれないと思い様子を見ることにした。

米ドルを渡した。

暫くすると使いこまれたアルゼンチンペソ紙幣が出てきた。

その場で紙幣の数を数えた。

数は合っていた。

礼を言って帰ろうと後を振り返ると、いつの間にか男が1人いた。(パジャマのようなペラペラのスーツを着ていた)

どう見ても客には見えない。しかもずっとボクを見ている。

やっっっ、って思う前に小走りで部屋を出て、階段を駆け下りた。

このことを夜に同じ宿の日本人に話すと、それはおかしいと指摘された。

闇両替は客引きがその場で両替するという。

確かに2回目に両替した時はビルには行かず、その場で両替した。

・・・もう少しで海外トラブル・ランキングにランクインするところだった

2回目に依頼した闇両替屋。十分怪しい。でも写真を撮らせてくれた。
渡航歴_アルゼンチン_26

こんなスリリングな体験から始まったアルゼンチン旅行。

実は、(今の)アルゼンチンはめちゃくちゃ治安が悪いです。

冒頭でもお話したとおり高インフレのため、失業率が高く、物価が高くて食糧が買えない人が多くいます。(実際、空港から市内を結ぶシャトルバスに乗っている時、窓から子供連れの若い家族のホームレスを何組か見ました)

アルゼンチン人は生きるのに必死です。

そんな彼らから見ると観光客は歩く宝箱です。

1週間で4人の被害にあった日本人と会いました。(これまでで最高人数です)

1. ケチャップ強盗(※1)に合いそうになった女性
      (宿のシャワールームで髪を洗っていました)

2. ケチャップ強盗に合ってしまった女性
       (いくつか荷物を取られたそうです)

3. 羽交い絞めされて荷物を強奪されそうになった男性
      (荷物は守ったものの顔が腫れ、傷だらけでした。ホテルの場所をiPhoneで調べている時にやられたそうです。apple製品は需要が高くすぐに売れるので犯罪者に人気。)

4. 羽交い絞めされて荷物を全て強奪された女性
      (宿でふさぎ込んでいました)

※1 臭い液体をかけてきて仲間が服を拭くのを手伝っている間に置き引きやスリを行う。昔はケチャップをかけていたとか。

メキシコほどではないのですが警官は巡回しています。でも、それ以上に観光客を狙う犯罪者が多いということかもしれないです。

経済情勢が不安定な国が一番危険かもしれないです。(本当に危険な国、地域には入ることすらできないので)

ブエノスアイレスの地下鉄。綺麗な壁画も多いが、

渡航歴_ブエノスアイレス_駅_1渡航歴_アルゼンチン_16

殆どの車両が落書きされていた。車両の中もいい雰囲気ではない。1駅、2駅でもタクシーを使った方がいいと言われた。
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スペイン植民地時代の面影を残す街並み
渡航歴_ブエノスアイレス_街並み_3渡航歴_ブエノスアイレス_街並み_2

歩道にはタンゴのステップがある
渡航歴_アルゼンチン_41

「El Ateneo」誰が決めたか知らないが世界で2番目に美しい本屋。1番はハンガリーやオランダにあるとのこと(世界一がたくさん)
渡航歴_ブエノスアイレス_本屋_1渡航歴_ブエノスアイレス_本屋_2

劇場を改装して本屋にしている。舞台は現役とのこと。
渡航歴_アルゼンチン_2渡航歴_アルゼンチン_42

「Pippo」地球の歩き方に、有名なアルゼンチン家庭料理の店、コンボメニューが人気と書いてあったので頼んでみた。店内はボク1人だった。
渡航歴_ブエノスアイレス_レストラン_1渡航歴_ブエノスアイレス_レストラン_3

普通のステーキだった。ポテト多くね?オススメしません。
渡航歴_ブエノスアイレス_レストラン_2


レコレータ墓地
エバ・ペロン(マリア・エバ・ドゥアルテ・デ・ペロン、通称エビータ)の墓を見に行った。

エビータの恵まれない少女が女優、大統領夫人となるも33歳で病に倒れた壮絶な生涯は、ブロードウェイミュージカルや映画(マドンナ主演)になっている。

エビータの墓どこにあるか全然分からんかった。地図が入口にしかなく案内板がないのでフランス人夫婦と協力して探した。

今でも花を供えに来る人が絶えない
渡航歴_アルゼンチン_24


コロン劇場

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある劇場。当初は五月広場の一角に位置していたが、1880年代の移民増加を機に、1907年、現在の建物が新設された。正面玄関を入ると、床は白大理石のモザイクが施されていて、紅大理石や黄大理石の荘厳な手すりや柱、天井のステンドグラスと玄関ホールが美しいといわれる。大ホールは真紅の垂れ幕に縁取られた舞台で、蹄型に7階建ての観客席が広がる。天井ドームにはラウル・ソルディによる壁画があり、中央には直径が7mもある巨大なシャンデリアが輝く。世界で最も音響効果のいい劇場の一つで、パリのオペラ座、ミラノのスカラ座とともに世界三大劇場の一つに数えられる。

世界第2の大きさ
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劇場内見学ツアーに参加した
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ガイドがオペラを歌ってくれた。歌声が響き渡る。
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通常2,800人、立ち見を含めると4,000人の観客を収容できる
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アルゼンチンはサッカー大国

マラドーナやメッシなどサッカーを知らない人でも名前は聞いたことある選手が数多くいる。

マラドーナとメッシ
渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_2メッシ_1

そんなアルゼンチンの国内クラブで有名なのがブエノスアイレスをホームとするボカ・ジュニアーズ。

トヨタカップ2007に出場している
ボカジュニアーズ_2

ボカ・ジュニアーズの試合を観たいと思い、チケットの購入方法を調べていると、宿泊していた日本人宿のオーナーに指摘された。

「ボカ・ジュニアーズの試合(特にホーム)はチケットが入手できない」
「観光客が入手する方法は定価の何倍も出してツアーに参加するしかない」

オーナーの指摘を信じていない訳ではなかったが、折角アルゼンチンまで来たので雰囲気だけでもと思い、バスと電車を乗り継いでスタジアムに向かった。

スタジアム周りはボカ・ジュニアーズのユニフォームを着たサポーターで溢れかえっていた。

スタジアムの入場口はデモを制圧するかのような装備の警官が建ち並んでいた。

悪あがきで当日券や余っているチケットががないかとチケットブースやダフ屋を探したが見つからなかった。

入場者を見ているとチケットの他にIDカード(身分証明書)のようなものを係員に提示していた。

IDチェックに引っかかって入場できないグループもいた。

(あぁ・・・そもそもIDカードがないとだめなのか・・・)

入場を諦め、スタジアム前の広場で雰囲気だけでも味わうことにした。

そして試合が開始した。

広場からはスタジアム上部が見え、声援は十分聞こえる
ボカジュニアーズ_1_2
引用

広場には多くの人がいた。

すると開始して間もなく、座っているボクに50代ぐらいのオッチャンとオバチャンが声をかけてきた。

(え?何?ここで座ってたらあかんの?)

不安な気持ちで2人を見ていると、ポケットからチケットを出し、スタジアムに入るジェスチャーをしてきた。

どういうことか聞いてみたら、「チケットあげるから一緒に楽しもう」と言う。

(何?何?どういうこと?ダフ屋?後で法外な額を請求してくるんじゃないの?)

(でも、試合は観たいし・・・)

いくらか聞いてみた。

「フリー」

(えっ?タダ?)

信じられなくてスタジアム内の席に着くまで3回確認した。

結果、ものすごーーーーーーーく良い夫婦で、哀愁漂うボクが可哀そうに見えて声をかけてくれたそう。

ボカ・ジュニアーズのチケットが入手困難なのは地元住民やサポータが独占しているためで、余ったチケットをボクにくれた。入場口のIDチェックも同伴者であれば不要だった。

奇跡が起こったんです。(この話を宿のオーナーに話したら奇跡と言われた、と同時に一生分の運を使ったんじゃない?とも言われたので残りの旅が不安になった)

なんか悪いと思い、スタジアム内でスナックや飲み物を奢らせてもらおうとすると、「そんなのいらない。いいから楽しめ!!」と気遣ってくれた。

しかも、試合終了後に食事に誘われた。ただ、その夜がブエノスアイレス最後の夜でどうしてもタンゴに行きたかったので泣く泣く断った。

連絡先を聞くも伝わらず、なんだかんだでハグしてサンキューを連呼して別れた。

闇両替や被害にあった日本人のこともありアルゼンチンの治安に不安を感じていた中での出来事だった。

単純かもしれないが、ここから一気にアルゼンチンが好きになった。

世の中悪いやつばかりじゃないんですね。


そんな訳で本題。

スタジアム内は熱気ムンムン。席は2階席の上。すぐ左横にはボカ・ジュニアーズのサポータ群。
渡航歴_アルゼンチン_18渡航歴_アルゼンチン_20

ボクのサングラスで記念撮影する夫婦。ホント、良い人だった。
渡航歴_アルゼンチン_19

試合はホームのボカ・ジュニアーズが4-0で圧勝した。ゴールはもちろん、ファールやディフィンスなどの1プレイに対して怒号を飛ばす。言葉が分からなかったので何に対してかは不明だが、顔を真っ赤にしてブチ切れている人がたくさんいた。(試合に興奮してとかいうレベルではなかった)周りの人はノーリアクション。観客やサポーターだけを見ていても楽しかった。

ざっくり編集したので雰囲気だけでも味わって頂けたらと



ボカ地区の観光スポットのカミニートを観ながらタンゴショーの店に向かった。(さすがにアルゼンチンの夜の徘徊は怖かった。けど迷子になって10人ぐらいに道を尋ねていた。)

カミニート
アルゼンチンのブエノスアイレスにある通り。ブエノスアイレスの港町、ボカに位置する。家々の壁やテラス、屋根が原色で大胆に塗り分けられているこの独特の一角は、フィリベルト作のタンゴの名曲「カミニート」を記念して、彼の親友であるボカ生まれの画家、キンケラ・マルティンによって造られた。週末になると多くの画家の卵たちが作品を持って集まり、ミニ美術館のようになる。また、路上では大道芸人がタンゴの調べにのって踊っている。「カミニート」は「小径」という意味。

夜は誰もいない。治安的にも日中に観ることをお勧めします。
渡航歴_ミニミート_1渡航歴_ミニミート_3
渡航歴_ミニミート_2渡航歴_ミニミート_4

日中はこんな感じ。路上タンゴや偽マラドーナが現れるらしい。
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渡航歴_ミニミート_6
引用

「Bar Sur」ウォン・カーウェイ監督作品ブエノスアイレスのロケ地になったタンゴが目の前で観れるバー。
渡航歴_barsur_1

タンゴの他にアコーディオンやチェロ、シャンソンなどを楽しめる。
渡航歴_アルゼンチン_21

右) このペアがカッコよかったのでよく覚えている
渡航歴_barsur_2渡航歴_barsur_3
                                                               引用
服が擦れる音、風圧を感じるぐらい近くで踊る。
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動画だとすごく暗いが実際はこんな感じ。


ブエノスアイレスでよく見かけた独特のデザインの看板。日本人宿の近くにあり最終日にデッカいのを買おうと思っていたら祝日で閉まっていた。アルゼンチンの唯一の心残り。そもそもこれなんていうんやろか?

渡航歴_アルゼンチン_25渡航歴_アルゼンチン_39
渡航歴_アルゼンチン_39_3渡航歴_アルゼンチン_39_2


~続く~
あとがき
改めて思った。

渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_10渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_11

渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_8渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_7渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_5渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_6

渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_9

渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_3

渡航歴_アルゼンチンと言えば_マラドーナ_4

“マラドーナ、好き”   と思ふ今日この頃でございます

最後まで読んでくれて
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| H2 渡航歴_2001~2013 | 15:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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