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【渡航歴】ロシア③

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2010.07 ロシア旅行記

~続き~

サンクトペテルブルク/Санкт-Петербург
ロシア第2の都市で、人口457万人。旧名レニングラード。ピョートル大帝が建設し、1712年からロシア革命の翌1918年までは首都。美術館などが有名だが、造船、軍需産業、機械製作などが盛んで、有数の工業都市でもある。

観光名所
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引用

遅れに遅れてやっとのことで日本から到着したロシア初めての都市サンクトペテルブルク。
4時間だけ寝て、ホテルの前に流れるネヴァ川に沿って朝の散歩した。

朝日を浴びるエルミタージュ美術館
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ペトロパヴロフスク要塞
レニングラード州の都市サンクトペテルブルグにある星型の城壁に囲まれた要塞。18世紀初頭、ピョートル1世が北方戦争でスウェーデンから奪った土地を防衛するために建造。実際には要塞として使われず、政治犯の収容所などに利用され、バクーニン、レーニン、ドストエフスキーらが収容されたことがある。中央のペトロパブロフスク聖堂にはピョートル1世以降の歴代皇帝および皇族の墓所がある。1914年から1917年にかけて、ペトログラード要塞と呼ばれた。
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引用

ペトロパヴロフスク聖堂
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ピョートル1世からニコライ2世までの歴代皇帝および皇后らの多くが埋葬されている。
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ピョートル1世の銅像。顔が小さく、腕と足が細い。ハンプティダンプティみたい。
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不思議の国のアリスのハンプティダンプティ
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ロストラの燈台柱。緑のナメクジみたいなやつは船。
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巡洋艦オーロラ。
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散歩を終え、ホテルで飯を食って、中心地のネフスキー大通りに行った。

ネフスキー大通りに建ち並ぶ歴史的な建造物は、各々が当時最新流行の建築スタイルを競って建てらた。
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シンガー社。この1階の本屋でポストカードを買った。
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エルミタージュ美術館
18世紀に建てられたバロック様式の豪華な大理石宮殿(冬宮)と,増設された三つの離宮と劇場から成るかつての王宮を,1917年の革命後国有化。400余室を展示室,他を付属研究所等に使用している。収蔵品の歴史は,1764年エカチェリナ2世がベルリンの画商ゴツコウスキーから225点の絵画を購入したのに始まる。女帝はこれらを隣接の離宮〈エルミタージュ(フランス語で隠れ家の意)〉に収容した。
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引用

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午前中から凄い行列。朝一に並んでよかった。
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エルミタージュ美術館は美術館とはいうが、絵画や彫刻の展示だけでなく、ヴェルサイユ宮殿のような(行ったことないけど)宮殿装飾も楽しむことができる。
(今回は、宮殿装飾のみを紹介したいと思います。ちょっとした展示作品はココ

大使の階段。ボクが行った時は補修中で布で被されて見れなかった。
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引用

ピョートル大帝(小玉座)の間
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紋章の間
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1812年祖国戦争の画廊
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聖ゲオルギー(大玉座)の間
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バヴィリオンの間
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ダ・ヴィンチの間
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ラファエロの回廊
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館内で結婚式をしていた。ココでやったら間違いないでしょう。
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ロシア美術館
ロシアの美術館中、最大のコレクションを誇る。また、ロシア美術館本館に使用されているミハイロフスキー宮殿は、19世紀初頭におけるロシア新古典主義建築の傑作である。

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白の間
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国家評議会会議。この作品だけの部屋が設けられていた。
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聖イサアク大聖堂(イサク聖堂)
。ピョートル1世が建てた教会に起源し、再建が繰り返された後、現在の聖堂は19世紀半ば、アレクサンドル1世の時代にフランスの建築家オーギュスト=ド=モンフェランの設計により完成。ロシアのビザンチン建築を基本とする新古典主義様式の重厚な外観をもつ。高さ101メートルの世界最大級の教会建築であり、帝政ロシアのシンボルとされる。
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血の上の救世主教会
名称はアレクサンドル2世が暗殺された場所に建てられたことに由来する。19世紀末から20世紀初頭にかけて建造。中世ロシアの伝統的な建築様式を踏襲。

モスクワのワシリー寺院とは別物。
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カザン聖堂
19世紀初め、ロシア正教で最も有名なイコンの一つ「カザンの聖母」を安置するため、パーベル1世により建造。バチカンのサンピエトロ大聖堂を模してカトリック風に造られた。同時期にロシア軍がナポレオン1世率いるフランス軍を破ったため、勝利を記念する品々を展示している。またロシア軍総司令官ミハイル=クトゥーゾフの墓所がある。
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カザン聖堂を見ながらビール。つまみは全く覚えていないがロシア料理だったと思う。
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ピョートル大帝の夏の宮殿(ペテルゴフ)
18世紀にピョートル1世が夏の離宮を建造。その後、エリザベータ女帝がイタリア人建築家バルトロメオ=ラストレッリに改築を命じ、現在見られる3階建てのバロック様式の宮殿になった。フィンランド湾に面する北側には、宮殿前の階段状のテラスを利用した大滝と「下の公園」があり、南側には多数の噴水群があるフランス式の「上の庭園」が広がる。

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引用

背の丈を越える並木道。宮殿あるある。
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20mも水を噴き上げるサムソン像
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ここにも小宇宙(コスモ)が

内観
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引用


上記のペテルゴフと下記のツァールスコエ・セローの両方に行きたかったが、時間の都合でどちらか一方しか行けず、上記のペテルゴフを選んだ。「豪華さ」を基準にすると量のペテルゴフと質のツァールスコエ・セローってとこでしょうか。
(どちらも現地ツアーで行く方が時間も料金も効率的かと。但し、1日に両方は無理。)


エカテリーナ宮殿(ツァールスコエ・セロー)
エカテリーナ2世が夏を過ごしたことから「夏の宮殿」とも呼ばれる、バロック調の華麗な宮殿である。全長は300m以上あり、建物内部には55の部屋がある。内外装には純度の高い金が多く使われ、特に有名なのはエカテリーナ2世がお気に入りだったと伝えられる「琥珀の間」である。

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引用

大広間
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引用

琥珀の間
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引用



キジ島/KizhiPogost

キジ島
カレリア共和国のオネガ湖に浮かぶ島。ペトロザボーツクの北東約60キロメートルに位置する。18世紀建造のプレオブラジェンスカヤ教会やポクロフスカヤ教会をはじめとする木造の教会建築群があり

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引用

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引用

サンクトペテルブルクから寝台列車でキジ島観光の拠点のペトロザボールクに向かった。
朝、眼が覚めると相方のロシア人が缶ビールを飲んでいた。噂のモーニング・ビール。
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このフェリーに乗ってキジ島に向かう。
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何でもそうだが1発目は興奮する。このあとアホみたいに観れるのに↓こんな写真をいつも撮る。
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キジ島観光はガイド付きで島を周る。ロシア語と英語の2チームに分かれた。
50人ぐらいいて、英語チームはボク1人。ガイドとマンツーマンで観光した。
ちなみにガイドは中学生ぐらいのロシア人のおじょーちゃん。

初めは整備されている道を進む。
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砂利道になると遠くにあのシルエットが。
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草原に浮かぶプレオブラジェーンスカヤ教会。
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左)ポクロフスカヤ教会、中)鐘桜、右)プレオブラジェーンスカヤ教会
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アルハンゲル・ミハイル礼拝所
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キジ島には教会や民家などが解放されていて見学できる。
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キジ島の木造教会は、釘を一本も使わず、木片を組み合わせて造られている。

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アジア人が珍しいのか、小さいおじょーちゃんがずっと見ていた。
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ガイドしてくれたおじょーちゃんにお礼として扇子をあげた。すごい喜んでくれたのを覚えている。プレゼントの“あげがい”のある人って素敵ですよね。
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帰りのフェリーから撮った一枚。なんでもそうだがアホみたいにたくさん撮っているのに最後と思うとつい撮ってしまう。
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今度はモスクワ行きの寝台列車に乗った。ロシア人に習ってモーニング・ビールをやってみた。
ビールはキンキンに冷やして飲むものだと再確認できた。
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ノヴゴロド/Но́вгород
9世紀に生まれたノヴゴロド公国の都で、ロシア最古の都市とされている。13世紀以降はヨーロッパ各都市との交易で発展した。ノヴゴロドの市街とその周辺には、かつてのクレムリン(城塞)の塔や、11世紀の聖ソフィア聖堂、14世紀のスパソ・プレオブラジェーニエ聖堂(救済教会)など中世につくられた建物が数多く残されている。

この旅初日のアエロフロート・ロシア航空の粗相がなければ来ていた街。
またいつか来れたらと思う。

クレムリンの城壁
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引用

ロシア1000年記念碑
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引用



ボクが食べたロシア料理にはディル(ロシアではウクロープ)という香草がよく添えられていた。
ボク的にはこれがドンピシャで、香草の中でも上位クラス。
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サンクトペテルブルクで一番有名なレストラン文学喫茶(リテラトゥールノエ・カフェ)に行った。
1835創業の老舗レストランでロシアの文豪も通ったといわれ、プーシキンも運命の決戦の前に寄ったと言われている。

ヴァイオリンとか引いちゃってる。
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スタッフのおねーちゃんとプーシキンのマネキン
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ロシア名物のニシンの塩漬け。
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ビーフストロガノフ。ディルとの相性バツグン。
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モスクワでは「ムームー」というセルフ式のロシア料理店。ガイドブックを見ながら指をさしてオーダーした。

この牛さんが目印。
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味はどれもおいしかった。こういう店は手っ取り早く名物を食べれるから好んでよく行く。
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左上)ビーツというピンク色の株みたいな野菜のスープ。
左下)確かキエフ風カツレツかなんか
右上)確かボルシチかなんか
中下)モルス。赤スグリ、ブルーベリー、ラズベリーのジュース。
右下)シベリア風餃子ペリメニを揚げたやつ


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ロシアの地下鉄はおもしろい。

まずは、なんといっても深い(世界一)。エスカレーターで2,3分はかかる。
もともとが有事の際に、核攻撃に絶えるように設計されたシェルターとしても機能するように建設されたためだからとか。

サンクトペテルブルクのどっかの駅。一見、駅には見えない。
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思った以上に長い。最初は楽しいが、だんだん腹立ってくる。
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次に、装飾デザイン。美術館みたい。
ただ、薄暗く、冷戦時代の銅像などがあり戦争を匂わせる部分もあったりする。

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最後に、習慣?システム?
サンクトペテルブルクの地下鉄だけだったが、駅到着前に車内の電気が2秒ぐらい消えて真っ暗になったり、扉閉まってないのに走りだしたり、何かにつかまっていないと吹っ飛ぶぐらいの急発進、急停止したりした。5,6回乗って全部こうだった。
少し前までは写真撮影禁止だったらしく、何か裏がありそうな。

このまま走りだした。
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駅の到着前に2秒ほど電気が消える。各駅で。何のため?
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こっちはモスクワの地下鉄。ごく普通。
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全体を通して、現時点のロシアの印象はこんな感じです。
・ 芸術大国 (エルミタージュ美術館、ロシア美術館、トレチャコフ美術館など規模、展示品数、装飾、どれもハンパない)
・ 建造物
(透明感のある色彩豊かな教会、無骨なスターリン様式のビル、特徴的な地下鉄など)
・ 綺麗なおねーちゃん (制服、衣装を着ていればより良い)
・ 好きな国ランキング3位


あとがき
ロシア旅行の帰路の途中、電車の広告に目がいった。
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内容は↓コレ
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弊社が2000年8月から製造・販売いたしました缶入りカップヌードル「TimeCan (タイムカン)」の一部において缶の巻き締め不良が原因で缶内に空気が入り、品質に影響する可能性が生じたため、2004年3月より新聞、雑誌、弊社ホームページやTVCMで告知し、全品自主回収を進めて参りました。(後略)

学生時代に購入したタイム缶。返金金額は購入金額300円と500円の図書カード。

それよりも中身が気になったので開けてみた。
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記念カードと普通のカップヌードルが入っていた。
てか、なんか臭ーし。

余裕で中身を捨てて、缶を灰皿にしました。

“あれから13年か~。宇多田ヒカル絶頂期だったよな~。13年分成長したけど、13年分寿命が縮んだんだな~。(←これって言い換えると人は日々一歩ずつ死に近づいているってことよね
)”   と思ふ今日この頃でございます

最後まで読んでくれて
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| H2 渡航歴_2001~2013 | 01:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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