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【渡航歴】ギリシャ・トルコ・ブルガリア②

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2009.04 ギリシャ、トルコ、ブルガリア旅行記

~続き~

flag_flag_of_Turkey_1.pngトルコ/Turkey

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_トルコ_自己評価 

現時点で興味がある都市、観光スポット、世界遺産を挙げてみました。
オススメがあれば教えてくださ~い
渡航歴_トルコ_訪問予定都市 

イスタンブル/Istanbul
トルコ最大の都市イスタンブール。トルコの首都はアンカラ。

観光名所
渡航歴_トルコ_イスタンブール観光まとめ
引用

ギリシャのテッサロニキから寝台列車でイスタンブールに向かった。
寝台部屋は2人1部屋。

相方は↓こんなヤツ
渡航歴_トルコ_寝台列車の相方 

話すと良いヤツなんだが、イビキが凄かった。
疲れていたので熟睡できたが、ヤツのイビキで目が覚めた。
口に何か入れてやろうかと思った。

この景色を見るとヤツのイビキを思い出す
渡航歴_トルコ_1 

1時間遅れてイスタンブールに到着。

イスタンブールは、アヤソフィアやスルタンアフメット・ジャミィ(ブルーモスク)、トプカプ宮殿などがあるエキゾチックな旧市街とガラタ塔や軍事博物館などがあるヨーロピアンな新市街が金角湾に架かるガラタ橋を隔てて分かれている。

新市街のガラタ塔からの眺め。手前が新市街、奥が旧市街、真ん中の橋がガラタ橋。
渡航歴_トルコ_旧市街と新市街 

金角湾からのアヤソフィアの眺め
渡航歴_トルコ_アヤソフィア
引用

エキゾチックな旧市街をぶらぶら。
(どうでもいいが郷ひろみの「2億4千万の瞳」の歌詞にある“エキゾチック・ジャパン”のエキゾチックって何なん?)

アヤソフィアとスルタンアフメット・ジャミィ(ブルーモスク)は向かい合っている。

奥がアヤソフィア、手前がスルタンアフメット・ジャミィ(ブルーモスク)
渡航歴_トルコ_イスタンブル上空 
引用

アヤソフィア
コンスタンチノープル総主教会として360年に建てられたのが最初。オスマントルコ帝国時代にはモスクに改修されていた経緯から、内部はキリスト教とイスラム教の文化が混在しています。モザイク画の美しさが見どころ。
 
渡航歴_トルコ_7

渡航歴_トルコ_52 
 
内観はキリスト教とイスラム教の文化が混在
渡航歴_トルコ_12

アラビア文字の円盤が印象的
渡航歴_トルコ_12_2 

アヤソフィアは別名「光の聖堂」と呼ばれている。巨大な丸天井にある40個の窓と至る所にある無数の窓から光が差し込んでいる。
渡航歴_トルコ_アヤソフィア_3 

後陣の半円ドームに描かれているのは聖母子のモザイク。幼いイエスを膝に抱く聖母マリアが描かれてる。
渡航歴_トルコ_アヤソフィア_4   
 
2階からの眺め
渡航歴_トルコ_13 

モザイク画「デイシス(請願)」。左はマリア、中央がキリスト、右がヨハネ。
渡航歴_トルコ_14_2   

右は皇后ゾエ、中央は福音書を持ったキリスト、左はビザンティン皇帝のコンスタンティヌス9世で、持っているのは献金袋。
渡航歴_トルコ_14_3 





スルタンアフメット・ジャミィ(ブルーモスク)
1616年に建てられ、世界で唯一優美な6本のミナレット(礼拝の定刻を呼び掛ける尖塔)と直径27.5mの大ドームをもち、内部は数万枚のイズニク製の青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、白地に青の色調の美しさからブルーモスクとも呼ばれる。

渡航歴_トルコ_6

渡航歴_トルコ_51 
渡航歴_トルコ_ブルーモスク_1

渡航歴_トルコ_ブルーモスク_2 






トプカプ宮殿
370年もの間、オスマントルコ帝国の最盛期を経験した宮殿。当時世界を制覇していた帝国の豪華絢爛な財宝が見られる宝物館、妻や女官たちが住んでいた女性居住区、ハレムなどがある。

トプカプ宮殿は、敷地面積700万㎡の中に4つの庭園エリアに分かれている。
 
入口の帝王の門。傭兵が警備している。
渡航歴_トルコ_41 

帝王の門をくぐって、中庭を抜ける。
渡航歴_トルコ_47_1 

挨拶の門(バービュッセラーム)をくぐって、宮殿内部に入る。
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テイワンの塔。ここからハレムに入る(別料金)
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ハレム
ハレムとは、イスラム社会における女性の居室のことで、この名称がトルコ語からイスラム世界の外側の諸外国語に広まったものとされています。ハレムの原義は「禁じられた場所」という意味で、男性は、その女性の夫・子や親族以外、立ち入り禁止でした。トプカプ宮殿のハレムには美人として有名なカフカス出身の女性を中心とする多くの女奴隷が集められ、その数は最盛期には1000人を越えたと言われています。宮殿に上がる前に歌舞音曲、礼儀作法、料理、裁縫、アラビア語の読み書きなどの教養を身に着けた後、カリエ(侍女)として皇帝に仕えたわけです。運よく皇帝の寵愛を受けることが出来たカリエたちは側室として私室とハセキ(寵姫)、カドォン(夫人)などの尊称が与えられ、さらに後継者となりうる男子を産めばハセキ・スルタンと呼ばれましたが、建前上、身分は奴隷のままであったと言われています。

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渡航歴_トルコ_トプカプ宮殿_5 

寵姫たちの住まい
渡航歴_トルコ_47_14 

当時の様子を再現
渡航歴_トルコ_トプカプ宮殿_2  

ハレムで働く黒人は男。ハレムの女とできても肌の色で判別できるから。
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渡航歴_トルコ_45 
 
宝物館
↓この2つが見所。
渡航歴_トルコ_宝物館の宝 
左が「トプカプの短剣」。この短剣は、金やエメラルドによって装飾された長さ35センチメートルの短剣で、柄の頭には巻き時計が埋め込まれて、柄には大きな3つのエメラルドがはめ込まれている。
右が「スプーン職人のダイヤモンド」。86カラットもある大きなダイヤモンドの周囲を49個ものダイヤモンドで取り巻いたもの。スプーン職人が拾ったこのダイヤの原石を、あまりの大きさにダイヤモンドとは判らずに市場で3本のスプーンと交換したことからこの名前が付いた。

引用


グランドバザールで買い物をした。

渡航歴_トルコ_50 

渡航歴_トルコ_4 

グランドバザールでナザール・ボンジュウを買った。
 
ナザール・ボンジュウとは、トルコでは、他人の羨望・嫉妬のまなざしはその人に悪影響を与える、と考えられています。これはヒッタイト時代から残る信仰で、こうした羨望のまなざしから守ってくれるのが、目玉の形をしたガラス玉、ナザールボンジュウ。トルコの家や店には巨大なナザールボンジュウが壁に掛けられている。何か嫉妬の視線から守ってくれた時、そのナザールボンジュウは割れるのだそう。
渡航歴_トルコ_ナザールボンジュ 

モザイク・ランプが欲しかった
渡航歴_トルコ_モザイクランプ 


グランドバザールにいる店員は日本人を見かけると、“バザールでゴザール”や日本の芸人のギャグを言ってこちらの気を引かせようとする。
そんなヤツはシカト。
日本人を舐めてもらっては困る。

“乳首落ちましたよ”

足を止めてしまった。
話を聞いていると良いヤツそうなので買う気はなかったが連れていかれたトルコ絨毯の店に入った。

トルコ人はなにかと、もて成したがる。
店に入るとソファーに座らせて、飲み物(ボクの時はホットアップルティーばっかりだった)を出す。
初めは飲み物に睡眠薬が入っていないか怪しみ、相手が飲んでから自分も飲むようにしていた。

そういうことを何度か繰り返しているうちに会話や飲み物でリラックスさせて物を買わせようとするだけだと分かった。

今回入ったトルコ絨毯の店も同様。
すぐにホットアップルティーが出てきた。
日本にも輸出しているトルコ絨毯の店らしく、ヤツは日本に在住していたこともあり日本語がペラペラ。
「てんや」(天ぷらのチェーン店)と「PSP」について熱く語ってくれた。

ヤツ
渡航歴_トルコ_5_2 

ブルガリアのソフィア行きの寝台列車の出発まで時間があったので、オススメのベリーダンスがあるか聞いたら、3軒ほど一緒に周ってくれて交渉もしてくれた。
残念なことに21時開始の演目しか空きがなく、寝台列車に遅れてしまうためベリーダンスの観賞はあきらめた。

本場のベリーダンスを見たかったな~
渡航歴_トルコ_ベリーダンス
引用



カッパドキア/Cappadocia
イスタンブールから夜行バスで奇岩と岩窟で有名なカッパドキアのギョレメに行った。

朝6時ぐらいにカッパドキア地帯に入り、バスから遠くに気球が飛んでいるのが見え、次第に奇岩が現れた。

このアホほど奇岩群を見ることになるが、初めて見たこの時は“ついに来た”と興奮した
渡航歴_トルコ_17  

ホテルに到着して早々現地ツアーに参加してカッパドキアを観光した。

カッパドキアはアナトリア高原の火山によってできた大地をいう。
紀元前2,000年前後のヒッタイトの時代には、すでに交易の要衝としてカッパドキアが成立していた。キリスト教との関係は深く、聖書にはパウロがこの地を訪れたという記録もあり、キリスト教の有力な教父が現れてこの地にキリスト教を広めている。4世紀前後から、ローマ帝国によって迫害を受けたキリスト教徒がこの地に集まりだした。やがてローマ帝国はキリスト教を国教化するが、つづいてイスラム勢力がこの地を治めると、キリスト教徒はふたたびこの地に集まるようになる。


渡航歴_トルコ_18 
渡航歴_トルコ_18_2 

一見普通の山にみえるが、
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あちこちに穴があり、
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通路や広間や、
渡航歴_トルコ_20 渡航歴_トルコ_22 

教会などがありキリスト教徒の住居となっていた。
渡航歴_トルコ_36_2 (2)渡航歴_トルコ_36_3


ウフララ渓谷
ウフララは「菩提樹」の意。渓谷をトレッキングする。
渡航歴_トルコ_23 

初めはトレッキングより早く奇岩群を見たいと思っていたが、だんだんと楽しくなってくる
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カイマルクの地下都市
内部には教会、学校、ワイナリー、食料貯蔵庫などが作られ、約2万人が暮らしたと考えられている。 各階層は階段や傾斜した通路でつながれている。 カイマクルと隣のデリンクユの地底都市の間には地下通路が確認されている。 ローマ帝国の迫害を逃れてこの地に辿り着いた初期キリスト教徒たちが隠れ住み、何世紀もかかって掘り進められて拡張されてきたが、作られた年代は謎に包まれている。

渡航歴_トルコ_25 

渡航歴_トルコ_カイマルク地下都市 
引用

ギョレメ野外博物館
世界遺産に登録されたギョレメ国立公園内に位置する。イスラム教徒による迫害を逃れて、キリスト教徒が造った岩窟教会や修道院がある。そのうち30あまりの教会が集まるギョレメの谷を野外博物館として公開。聖バジル教会、林檎の教会、聖バルバラ教会、蛇の教会、暗闇の教会など、鮮やかなフレスコ画で装飾された教会が残っている。

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穴の中の空間にはフレスコ画が描かれている
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カッパドキアの奇岩群の中を原チャで疾走した。

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車も少なかったのでフルスロットル。気持ちよかった~
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キノコ奇岩で有名なパシャバー地区
6,000万年前の火山によってできた柔らかい凝灰岩の層の上に、固い地層が堆積した。それから万単位の年月を経て風雨によって下の層が削られて、固い岩が帽子のように乗っかることになる。

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渡航歴_トルコ_39_2 

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ギョレメの街並み。
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ギョレメの地名は「見てはならぬ」の意。キリスト教徒にとっては「見られてはならぬ」ということ。
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ギョレメの夕日
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この夕日がすごいよかった。動画だとあんまりだな。



ギョレメの夜
渡航歴_トルコ_29 


カッパドキアには気球で奇岩群の遊覧するアクティビティがある。
料金は約2万円だった。そこまでの思い入れがなかったので2万円が高く思えた。

ボクは早朝に飛んでいく気球を近くの丘から見ていた。
渡航歴_トルコ_33  

気球からの眺めはこんな感じみたい。

渡航歴_トルコ_カッパドキア気球_1 
渡航歴_トルコ_カッパドキア気球_4 
渡航歴_トルコ_カッパドキア気球_2 
渡航歴_トルコ_カッパドキア気球_3 

めちゃ楽しそうやん

でも2万か~、今でも迷う値段だな~


世界三大料理の一つ、トルコ料理。(他2つは中華料理とフランス料理)
(といってもボクは屋台や庶民的なレストランにしか行っていませんが)

イスタンブール名物サバサンド。パンとサバ、合うんだな~。
渡航歴_トルコ_8

テスティ・ケバブ。羊肉と野菜を壺に入れて調理し、食べる前に壺を割って取り出す。調理時間約6時間。味は普通。
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トルコピザやなんとかケバブなどいろいろ食べたが、一番うまかったのはサバサンドだったりする。
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トルコアイス。アイスの乗ったコーンをひっくり返したくなるんですよね~
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干しブドウから作られる蒸留酒ラク。水を入れると白濁する。アルコール度数50%。
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トルコのパンがめっちゃおいしかった。
何も調理していない安っぽいパンでも。
パンがおいしい国ランキング1位じゃね?

かぶりつきたくなるおいしさ
渡航歴_トルコ_48 


全体を通して、現時点のトルコの印象はこんな感じです。
・ エキゾチックな雰囲気(イスタンブール)
・ 奇岩群を疾走
(カッパドキア)
・ パンうまい




カッパドキアの観光を終えた時点で、この旅の目的であるギリシャのアテネにあるパルテノン神殿、トルコのイスタンブールの歴史地区カッパドキアの奇岩群を全て観光した。

残りのスケジュールはどうしようかということで、このままトルコを観光してもよかったが、日本からはるばる来たし、便数も多いでしょという根拠のない自信で前々から行きたかったクロアチアのドゥブロヴニク(魔女の宅急便のモデルといわれている)に行こうと思った。

ドゥブロヴィニクの街並み
渡航歴_トルコ_ドゥブロヴニク 
引用

カッパドキアは観光地であるが田舎だったので、とりあえずイスタンブールに戻りトルコ航空のオフィスに向かった。
カワイイねーちゃんに尋ねたところ、“イスタンブールからドゥブロヴニクへの便は早くて2日後しか空いていません”とのこと。
残り日数が4日ほどあったので行ってもよかったが、なにせ待つことがキライな性分なので第2候補のブルガリアに行くことにした。


flag_flag_of_Bulgaria_1.pngブルガリア/Bulgaria

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_ブルガリア_自己評価 

現時点で興味がある都市、観光スポット、世界遺産を挙げてみました。
オススメがあれば教えてくださ~い
渡航歴_ブルガリア_訪問予定都市


ソフィア/Sofia

ヨーグルトとバラの国ブルガリアの首都ソフィアにノリで行った。

イスタンブールから寝台列車でソフィアに向かった。
今回も2人1部屋だったが相方がいなかったので広々過ごせたが、景気が殺風景なのと3時間遅れの到着も重なって暇過ぎて楽しめなかった。

ヤツのイビキが懐かしい
渡航歴_ブルガリア_2 

ブルガリアの駅の様子
渡航歴_ブルガリア_2_1 

時折こんな村が車窓から見える
渡航歴_ブルガリア_2_2 

やっとのことでソフィアに到着したもののガイドブックがないので、駅で地図を確認してなんとなく中心地に向かった。

この日は日曜日の昼過ぎ。
なのに人がほとんどいない。

あれ?下りる駅間違えた?って思わせるぐらい首都らしくない。

日本と違い海外のお店は日曜に休むと聞いたことがあるが・・・

街に活気がない
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たまに通りかかる人に道を聞く
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市場もガラガラ
渡航歴_ブルガリア_13 

なんだかんだで中心地に到着

聖ゲオルギ聖堂
聖ゲオルギ聖堂はローマ時代後期の紀元4世紀のキリスト教聖堂であり、シェラトン・ソフィア・ホテルの建物に囲まれて建っている。聖堂は赤いレンガで作られ、ソフィアで現存する最古の建物とされている。聖堂のドーム中央にある中世のフレスコ画は12世紀-14世紀のものである。
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渡航歴_ブルガリア_10渡航歴_ブルガリア_9 


奇蹟者聖ニコライ聖堂(ロシア教会)
ソフィアのロシア教会として知られるロシア正教会の奇蹟者聖ニコライ教会は、1914年にロシア皇帝で後に聖人に列せられたニコライ2世に捧げられたものである。建設には建築家のアレクサンドル・スミルノフが携わった。スミルノフはアレクサンドル・ネフスキー大聖堂の建設にも携わった人物である。

渡航歴_ブルガリア_4 

渡航歴_ブルガリア_教会_1 
引用

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
黄金色のドームを持ったアレクサンドル・ネフスキー大聖堂は、20世紀初期に立てられたものであり、 露土戦争によってブルガリアを解放した20万人のロシア帝国の兵士を称えて建設された。バルカン半島で最大の正教会の聖堂であり、世界でも第2の規模を持つ。黄金色のドームを持つ大聖堂は高さ45メートル、鐘楼は高さ50.52メートルに上る。

渡航歴_ブルガリア_5 

ソフィアの街もそうだが、この大聖堂も人が1,2人しかいなかった。
逆にそれがよかった。

薄暗い巨大空間に重厚な雰囲気がイイ感じだった。
この大聖堂のおかげでソフィアに来てよかったと思った。

イイ感じだったが監視員とマンツーマンだったので隠し撮りどころかカメラも持てなかった。

渡航歴_ブルガリア_教会_4 
引用

渡航歴_ブルガリア_教会_2 
渡航歴_ブルガリア_教会_3 
引用

ソフィアは半日しかいなかった。
両替は5千円したが観光地の入場料やお土産代を払ってもだいぶ残った。(たぶん3千円ぐらい)

とりあえず飯ということでブルガリア料理っぽいメニュー看板の店に入った。
ブルガリア料理のチェーン店らしく値段が安かった。
ここだ!と思いブルガリア料理を頼みまくった。

渡航歴_ブルガリア_8

(左トレイ)
 左上:カヴァルマ。肉と野菜類をトマト味で煮込んだ土鍋料理であり、上に卵やチーズが載せられている。
 右上:ムサカ。タマネギとジャガイモ、トマト、ひき肉などを炒めてから耐熱容器に入れ、乳またはヨーグルトを入れたカスタードをのせて焼いたもの。
(右トレイ)
  左上の黒い器:タラトール。ヨーグルト、キュウリ、ニンニク、クルミなどを原材料とする冷たいスープ。
  右下のコップ:シュートラシュ。牛乳と米のプディング。
※他の料理も調べたが名前どころかブルガリア料理かさえわからない

どれも不味くはなかったが、量が多かった。(2/3は食った)

暇なのかアホみたいに食べるボクが珍しいのか店員のねーちゃんがずっと見ていて食べにくかった
渡航歴_ブルガリア_14 


全体を通して、現時点のブルガリアの印象はこんな感じです。
・ ヨーグルトは甘くない
・ 日曜日のソフィアは人がいない


あとがきいつからだろうか牛乳を飲むと必ずお腹をこわす。
でもヨーグルトは大丈夫。
不思議だ?
“バームクーヘンを牛乳で流し込んでいたころに戻りたい”   と思ふ今日この頃でございます


最後まで読んでくれて
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| H2 渡航歴_2001~2013 | 10:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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