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【渡航歴】中国①

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2012.04 中国旅行記

flag_flag_of_China_1.png中華人民共和国/China

2012年04月のお話。

GWを利用して、チャイナドレスの国、中国に行ってきた。

渡航歴_中国_チャイナドレス
渡航歴_中国_チャイナドレス_2渡航歴_中国_チャイナドレス_3渡航歴_中国_チャイナドレス_4

一昔前は、人民服を着たチャリンコ集団でした。今では、経済成長が著しく世界をリードする国です。
渡航歴_中国_昔の風景


世界地図(赤色箇所が訪問した国)
世界地図_中国

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_中国_自己評価


現時点で興味がある都市、観光スポット、世界遺産を挙げてみました。
オススメがあれば教えてくださ~い
渡航歴_中国_訪問予定都市



北京/Beijing
中国の首都北京。

観光名所
渡航歴_中国_北京まとめ
引用


天安門広場
南北880m、東西500m、総面積44万m2の世界最大規模の広場。長安街を含めると、100万人を収容できる。1919年5月4日には、日本の「対華21ヵ条要求」に不満を持つ学生らが抗議デモ(五四運動)を行い、1949年には毛沢東を中心として「中華人民共和国建国式典」が盛大に行われた。最近では、1989年6月4日に起きた、民主化を求める学生や労働者と政府とが衝突した「六四事件」がある。

奥は故宮。
渡航歴_中国_天安門広場_1
引用

天安門。ここから先は行けない。
渡航歴_中国_北京_108

天安門広場
渡航歴_中国_北京_110



景山公園

中国の首都北京、故宮博物院の北にある、高さ92mの景山を中心にした公園。明の時代に紫禁城が建設されたとき、元の時代に御苑があった場所に堀を掘った際の残土を積み上げ、5つの峰を持つ人工の山(景山)を築造した。風水の考え方から、紫禁城に邪気が入り込まないように、宮殿の真北に山をつくったといわれている。5つの峰には、清朝の乾隆帝時代に建てられた亭がある。その一つの中峰の頂上にある、万春亭から望む故宮の展望が素晴らしい。

山頂に建つ万春亭。ここから故宮を眺める。
渡航歴_中国_北京_81

目の前に故宮が広がる。皮肉にも大気汚染で霞んでいる感じが幻想的に見える。
渡航歴_中国_北京_82

パノラマ
渡航歴_中国_北京_82_2




故宮の眺めを満喫して、景山公園を出た。
その時事件は起きた。

海外トラブル ~File.07 嘘ついちゃだめアルヨ ~
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これから故宮を観光しようと思い景山公園を出た。

景山公園の正面には故宮の裏門の神武門がある。

神武門
渡航歴_中国_北京_84
神武門を撮っていると、横からオヤジが声を掛けてきた。

そのオヤジは輪車(人力車の自転車版)の運転手だった。
後の方に同業者の仲間が5,6人ぐらいが見えた。

「故宮の正門のところまで行くのですか?10元(約150円)でどうですか?」

(バスだと2,3元で行けるが、ここからバス停遠いし、そんなに高くないからいいか)

お互い地図を見合って料金の合意をし、しかも景山公園→故宮(前門)が定番コースで、人目も多かったので何の疑いもなく乗車した。

運転手は体格の良い40前半ぐらいのオヤジ。
故宮に沿って漕ぎ続ける。

渡航歴_中国_北京_85
次に右折するところでこれまで進んできた歩道ではなく、大通りを越えた裏路地に入って行った。

少し違和感はあったが、歩道は観光客が大勢いたし、近道で裏路地に入ったんだろうと思いその時は気にしなかった。

暫くすると、下町風の民家の前に止まり、何か話掛けてきた。

「中国の下町の観光案内はここまでです。料金は900元(約13,000円)です。」

えっ!?いつの間に??

もちろん払うつもりもなく、何の根拠のないがこのオヤジに負ける気がしなかったので強気でいた。

すると偶然かどうかわからないが、前を通りかかったオヤジが一言。

「900元を払え」

ボソッと呟いて通り過ぎた。

その時、“周りの民家から仲間が出てくるかもしれない”  “中国包丁”  “人肉饅頭” が頭を過った。

(ヤバイ、肉まんにされちゃう)

だんだん怖くなってきた。

救いだったのが昼間で明るく、大通りまでそんなに遠くなかった。

いざとなれば本気ダッシュをすればいいかと思い、ブチ切れたフリをして当初の運賃10元を地面に叩きつけて、拾っているうちに歩いて去ろうとした。

すると運転手のオヤジは追いかけて腕を掴んできたが、
日本語で怒鳴ったら引き返していった。

きっと過去に簡単に支払った観光客がいたので味をしめて繰り返してやっているのだろうが本気でやってないな。

などを思いながら、大通りに出て、故宮の前門に向かって歩いた。


今回は、油断というか想定外だった。観光名所のど真ん中で、運転手、町民、全てがグルで、真昼間にやるとは思わなかった。

今回のようなことは、値段設定が曖昧な海外旅行ではよくあり、その中でも単身の旅行者はカモにされやすい。

料金の合意をして、ルートも確認したので油断していた。

てゆうか、嘘ついちゃだめアルヨ
嘘はいけない




故宮
北京の旧市内のほぼ中央を占める紫禁城のことで,明・清時代の宮城だから故宮といわれる。もとはこれとともに宮苑や官庁を併せ含んだ区域を皇城と称したが,周囲の城壁は早くから取り払われている。1417年(永楽15)に明の成祖永楽帝が南京から都を移し,元の宮城跡に築いたもので,明末に大破壊をこうむったあと,清がほとんどその規模を受けついで復興し今日にいたった。地域は南北960m,東西760mで,高さ10mの厚い城壁に囲まれ,四面に各1門,四隅に角楼を設け,その外に幅50m余の堀をめぐらす。

渡航歴_中国_故宮マップ_1


正面入口の午門。
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太和殿。まぁ~人だらけ。
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太和殿の中には、
渡航歴_中国_北京_88

映画「ラストエペラー」の即位シーンで使われた宝座がある。
渡航歴_中国_太和殿
引用

保和殿の宝座。保和殿では科挙の最終試験の「殿試」が行われた。
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東西を見ても端が見えない。
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乾清宮の宝座。乾清宮は皇帝の「寝宮」だった。
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交秦殿の宝座。天井の「藻井」が見事。
渡航歴_中国_北京_101

奉先殿。皇室が先祖を祀る祭殿。現在は清朝が収集した各種時計の展示館となっている。
渡航歴_中国_故宮_3

渡航歴_中国_故宮_2

渡航歴_中国_故宮_4
引用

故宮の裏門の神武門に辿り着き、900元詐欺のオヤジに会いたくなかったので、そのまま来た道を戻った。

石刻。石の枯山水みたいな感じ。
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正門の午門に到着。
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近くで見るとすごく高い。
渡航歴_中国_北京_107

まぁ~広いですわ

パノラマ
渡航歴_中国_北京_107_2

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頤和園
中国,北京の北西郊約10kmにある清朝の離宮。明代には好山園といい,清の1750年(乾隆15)以来大規模な改築がなされ,清漪園(せいいえん)と改称された。1860年(咸豊10),英仏連合軍により焼尽。88年(光緒14),西太后が再建して頤和園と改称。1900年,義和団事件で再び破損したが,3年後に修復された。面積約3.4km2で,昆明湖が大半を占め,北側に万寿山がある。山の東に宮殿に相当する仁寿殿,その北に寝殿の楽寿堂があり,山の中央斜面に沿って,仏香閣,排雲殿などの主要な建築群が集中して建つ。

渡航歴_中国_頤和園_2
引用

バスを乗り継いで来た。が、今では地下鉄で簡単に行ける。
持っていたガイドブックが2年前のものでその情報に従って観光していたが、たった2年だが地下鉄の路線が3本ほど増えていた。恐るべし中国経済の勢い。

渡航歴_中国_北京_125

裏門となる北宮門。
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長橋からの後湖の眺め。店が立ち並ぶ。
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万寿山を登る。ほとんど登山。
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やっとのことで頤和園のシンボル仏香閣に到着。
渡航歴_中国_頤和園_1

仏香閣からの昆明湖の眺め。
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昆明湖側には長廊が続く。
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昆明湖に沿ってずっと続く。
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楽寿堂。ここで西太后が起居した。
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渡航歴_中国_頤和園_3
引用

仁寿殿と麒麟銅像。ここで皇帝が政務を執る。
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正門を出て、帰りも行きと同じようにバスに乗って帰った。
そのバスの窓から地下鉄の出入り口を見つけ、地下鉄の路線が3本ほど増えていることに気が付いた。



天壇
中国の皇帝が天をまつる儀礼を行う壇。漢代以来,都城の南郊に設けられるのを原則とし,圜丘(えんきゆう),南郊とも称した。北京に現存する天壇は,明・清両朝皇帝が祭天の儀を行ったところで,明の1420年(永楽18)に当時の南郊に天地合祀の大祀殿が創建され,1530年(嘉靖9),四郊分祀の制に改めて圜丘を新築,38年大享殿を新築した。さらに清の乾隆年間(1736‐95)に拡張・整備が行われ,1751年(乾隆16)に祈年殿と改められ,1889年(光緒15)に焼失はしたが旧状に従って再建されており,現状はほぼ乾隆当時の状況を伝えている

手前が圜丘壇、真ん中が皇穹宇、奥が祈年殿
渡航歴_中国_天壇_5
引用

外壁の外からでも見える。
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天壇は天壇公園内にある。公園は花がたくさんあった。
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祈年殿
渡航歴_中国_天壇_3
引用

内部に皇帝の玉座が安置されている。
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建物を支える28本の柱にはそれぞれ意味があり、4本の柱(龍井柱)は四季を、周りの12の金柱は12ヵ月を、他の12の柱は時刻を表している。
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次のところまで遠い。
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皇穹宇
建物をぐるりと囲む塀は「回音壁」と呼ばれ、反響して180度対極にいる人にその声が伝わる造りになっている。試してみたが、人が多すぎてよく分からなかった。
渡航歴_中国_天壇_1
引用

祭祀の際に、皇帝の位牌が置かれた。
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圜丘壇
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引用

ここで天帝にその年に起こったできごとを報告した。
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この石の上に立ち、ひと声ささやくと、その声が周囲に反射してこだまする造りになっている。試してみたが、人が多すぎてよく分からなかった。
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鼓桜・鐘楼
中国の都市の中央部に設けられた楼閣で,中につるされた太鼓をうって標準時刻を知らせた。その付近に鐘楼もあるのが普通で,宋代の初め洛陽の宮城の前面東南隅に鼓楼,西南隅に鐘楼を設けたのが起源かといわれ,近世中国都市のシンボルのようになった。仏寺では古くから鼓楼と鐘楼とを併置したようであるが,後世ほとんどの神廟や道観なども境内にこの2建築をおく習慣となっている。

遠くからでも鐘楼が見える。
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分かっていたけどデカイ。
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この大鐘には伝説があり、永楽帝から鐘の鋳造を命じられた職人がうまく鐘を造ることができなかったため、死刑を命じられてしまった。それを見かねた職人の娘が真っ赤に溶けた溶鉱炉の銅の中に身を躍らせた。嘆き悲しむ職人はこの銅で大鐘を造りあげた。
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鐘楼から見た鼓桜。
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鼓桜もデカイ。
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この太鼓は時報として使われていた。現在はここで太鼓ショーが行われているそうです。
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八達嶺/万里の長城
東は渤海湾に臨む河北省山海関から西は甘粛省の嘉峪関まで、総延長約1万2000kmに及ぶ長大な城壁である。現在の中国の行政区でいえば、河北省、北京市、山西省、陝西省、内モンゴル自治区、寧夏回族自治区、甘粛省など16の省・市・自治区にまたがっている。地形の起伏を縫って続く長城の景観は世界的に有名。万里の長城は約2000年の間の歴代の王朝が整備してきた城壁で、明の時代にほぼ現在の形になった。一般に、長城建設は秦の始皇帝の事業であるとされているが、その歴史はさらにさかのぼり、秦による統一以前の春秋時代にも、趙などの北方の国が異民族の侵入に備えるため長城の建設に取り組んでいた。ただし、現存する長城の大部分は明の時代に築かれたものである。その壮大なスケールから、「月から見える唯一の人工の構造物」といわれてきた。

徳勝門の前に万里の長城行きのバスが集まる。
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入口。すでに遠くに見える。
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まぁ~人だらけ。
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とりあえず進む。
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思っていたより高い。
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思っていたより疲れる。
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これは結構な城壁だわ。
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こんなんがず~~~っと続き、キリが無いので2時間ぐらいで戻った。
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パノラマ
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個人での海外旅行では、だいたバックパッカーが集まるような安宿に泊まる。ドミトリー(相部屋)が最もコストを抑えられるが、海外旅行中はほとんど寝ないので(寝てる間に外で何か面白いことが起こっていると思っている)、気遣いしたくないのでいつもシングルに泊っている。

今回の中国旅行でも同様にシングルに泊っていたが、ここ北京では違った。

中国っぽい街並みにレストランや雑貨店などが建ち並ぶ南羅鼓巷(ナンルォグーシャン)というところに行った。

チャリンコがさらに雰囲気をだす。
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ひときわ目を引く外観。覗いてみると、世界各国に点在する国際ユースホステルだった。
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1階は花に囲まれたカフェで、2階が宿だった。料金は2,000円弱ぐらいだったと思う。
wifiもあり、なにより綺麗で清潔。朝は1階のカフェでコーヒーを飲める。ココ、オススメ。

1階のカフェ。
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共有スペースと寝室
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ユースホステルの近くに什刹海という湖畔エリアがある。

朝に散歩した。
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湖畔を三輪車で周遊するのが定番らしく、よく運転手に声を掛けられた。故宮の時のこともあるのでシカトした。
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天安門広場近くの正陽門を抜けると、レトロな雰囲気が漂う通りにでる。
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↓ココでランチした。

都一処。清の乾隆3年(1738年)創業の焼売の老舗。2階建で行列ができるほど人気の店ようだ。
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乾隆帝がお忍びで訪れるほど、飽きがこない古風な味の焼売が名物。焼売以外に乾隆帝が好んだ白菜のゴマソース和え「乾隆白菜」が人気、とガイドブックに大き目に載っていた。

見た目100点、味10点。中国に来て一番不味かったかも。ビールだけ飲み干し、ほとんど残した。相席した中国人夫婦に「いる?」って聞いたら首を横に振って無言で断られた。
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西単西四という、デパートやショッピングモールが建ち並ぶエリアに行った。東京でいう新宿みたいなところ。
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目的は満漢全席。ガイドブックにランチだと1名から1万円ぐらいで食べれてると載っていたので一生に一度はと思い食べに来た。
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お店の名前は、美味珍御膳。満漢全席の他にこの店でしか味わえない「天下第一湯」と呼ばれる「佛跳墻」というスープも魅力的だった。
渡航歴_中国_満漢全席_2

お店に入った。
分かってたんだけど、言ってみるもんだ的なラッキーを狙ったんだけど、ダメだった。
満漢全席は予約が要ります。



王府井
という小綺麗な観光客向けのショップや露店が立ち並ぶエリアに行った。東京でいうと銀座みたいなところ。

渡航歴_中国_北京_25

衣類、雑貨、宝石、家電、観光ギフト、中国らしい陳列のデパート。本物でも偽物に見える。
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露店の通りに入り、雑貨や屋台を楽しんだ。
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渡航歴_中国_北京_31渡航歴_中国_北京_36


~続く~

あとがき
いつ敵に襲われても対処できるように立って寝るラーメンマンに子供の頃憧れた。
渡航歴_中国_ラーメンマン

“ラーメンマン、こんなアゴでてた?”   と思ふ今日この頃でございます

最後まで読んでくれて
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