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【渡航歴】ペルー・ボリビア①

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2009.09 ペルー・ボリビア旅行記

2009年09月のお話。

海外旅行を趣味にしてからずっと行きたかったペルーのマチュピチュを見に行った。

今回は連休と有給を使えることが確約できたので、日本でスケジュールを立てた。
ペルーの行きたいところをピックアップしたらスケジュールの日数が余り、隣のボリビアに行けそうだったのでペルーを観光しつつ行けそうだったらボリビアに行くことにした。

世界地図(赤色箇所が訪問した国)
世界地図_ペルー-ボリビア



ペルー_国旗ペルー/Peru

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_ペルー_自己評価


自分の中では十分にペルーを満喫したので世界一周では訪れない予定です。
とはいえはあれから月日は経っていますし、ペルーを全て観光した訳ではないので、もし

オススメがあれば教えてくださ~い


リマ/Lima
インカ文明やアンデス山脈の国ペルーの首都リマ。

リマはペルーの首都で、ペルーの人口の約3分の1が生活する、政治・経済の中心地です。世界遺産に登録されたリマ歴史地区の主な観光地の歴史的建造物は旧市街に集中しています。1549年に建立されたサント・ドミンゴ教会・修道院は、過去の地震にも耐え、外側は建設当時とほとんど変わらないとされる立派な建物。征服者フランシスコ・ピサロが建てたカテドラルや17世紀前半の美しいセビリアンタイルが貼られたサン・フランシスコ教会・修道院、ペルー軍の守り神、聖女メルセーが祀られたラ・メルセー教会も見どころのひとつです。

スペイン植民地時代を色濃く残すリマ旧市街の中心アルマス広場
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大統領府
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カテドラル
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木製のバルコニー。見た目以上に3Dなんです。
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チビッ子とオバちゃん、こっち見ないで



旧市街のメインストリートのラ・ウニオン通り。朝なので店が閉まっている。
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ラ・ウニオン通りをぶらぶらしていると、“やから”が現れた。
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最初は面白がって相手にしていたが、だんだんと面倒臭くなって相手をやめた。
それでも付いて来るのでガードマンが常駐しているマクドナルドに逃げ込んだ。
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サント・ドミンゴ教会・修道院。過去の地震にも耐え外側は建設時の16世紀からほとんど変わっていない。
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中庭とそれを囲む回廊も素晴らしい。 
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サン・フランシスコ教会・修道院
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メインの教会の他に、カタコンベ(地下墓地)、修道院などがある。

修道院内の書物庫
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引用

カタコンベ(地下墓地)
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引用


宗教裁判所博物館
インカ帝国を征服したスペイン人はキリスト教の宣教師集団でもあった。異端者への厳しい迫害が展示されている。
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道に20ペルー・ヌエボ・ソル(PEN)≒ 700円 が置いてあった。
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そのままだと心配なので、とりあえずポケットに入れておくことにした。

歩いていると屋台があった。

不思議なことにポケットに20PENが入っていたのでそれで支払った。

豆乳コロッケパンと豆乳みたいなやつ。2つで1PEN。
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旧市街をぶらぶらする。

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リマ旧市街を一通り観光したので別エリアへタクシーで向かった。
不思議なことにポケットに19PENが入っていたのでタクシーの運転手に渡した。

ミラフローレス地区の恋人達の公園
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バチが当たったのかな?海が鬼のように荒れているんですけど・・・
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ペルー国立博物館
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チャビン、パラカス、ナスカ、モチェなどのプレ・インカとインカ時代をあますとこなく展示されている。
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風格あるけど10歳ぐらいの女の子。
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旅の最後はアルマス広場のカテドラルの前で、旅でお世話になったTシャツ
(pumaを文字ったperuのロゴが入り、マークはピューマではなくアルパカ)
を綺麗にたたみ、旅を締めた。

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“カテドラル綺麗だな~”って旅の余韻に浸りながら、
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捨てた。
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ナスカ/Nazca
言わずと知れた地上絵があるナスカ。

ナスカの地上絵
古代ナスカ地方に居住していた人々が一体どんな目的でこのような巨大な絵を描いたのか、詳しいことは分かっていない。

ペルーでは、リマからクスコへの国内線以外は全てバスで移動した。
ペルーのバスは日本より乗り心地がよく料金が安い。他の国と比べてもコスパは高いと思う。

ナスカ行きでは2階の一番前だったので最高だった。ちょっとした食事やアメニティが付いていたと思う。
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早朝にナスカに到着したにも関わらず、バスターミナルには大勢の客引きがいた。
セスナでナスカの地上絵を見るためガイドブックに載っていた旅行代理店に向かった。
そこで予約した搭乗券は5千円ぐらいだったが客引きの提示してきた金額は3,4万円。
ご丁寧にパンフレットまで作成していた。
(近年、セスナ操縦士の過労が原因で墜落事故が多発し、便数を減らして対応したがその分料金が上がった(1万円以上)と聞きました)

ナスカのいたるところに地上絵をモチーフにしたデザインがみられる
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旅行代理店で手続きを済ませ、飛行場まで送迎してもらう。

セスナが墜落したらこの写真が最後になるんだろうな、と思って撮った1枚
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いよいよセスナに搭乗する
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搭乗人数は6名。操縦士にイタズラできるぐらい機内は狭い。
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操縦士からコースと地上絵のビューポイントの説明を受け、いよいよセスナが離陸する。

渡航歴_ペルー_ナスカの地上絵マップ 

聞いていた。聞いていたけど、2発もなんて聞いていないよ。

離陸して10分、搭乗者6名の内、日本人女子高生と欧米系オバちゃんの2名がリバースした。

ピッコロ大魔王_卵 

飛行時間は40分ほどあったので彼女達からすると、残り時間は地獄でしかなかったと思う。

気の毒と思ったが、それよりもリバースしたブツが入った袋をしっかり握りしめていてね、と強く願った。

ってか地上絵、薄くね?

ハチドリ
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またコイツに会えた時は嬉しかった
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アレキパ/Arequipa
ペルー第2の都市アレキパ。
植民地時代の1540年8月15日にスペインの総督、ドン・マヌエル・ガルシ・カルバハル (Don Manuel Garcí Carbajal) によって開かれた。街の名前は、かつてここに野営したインカ帝国の王、Mayta Cápac がこの地に住むことを願い出た兵士に対して言った「ここに住んでよい (Yes, stay here)」という言葉を意味するケチュア語、”Ari-Quepay” に由来するとされている。19世紀には羊毛やアルパカのイギリスへの輸出拠点として栄え、ペルーの経済発展に大きく貢献した。現在でも、国内の商業及び産業の主要拠点のひとつとして広く知られている。街にある建物の多くが街の周辺から産出される白い色をした"sillar"と呼ばれる火山岩で造られており、このためアレキパは「白い街 (la Ciudad Blanca)」という別名で呼ばれる。特にカテドラル周辺はそのような白い建物が多くとても美しい街並みが続く。また、近郊にはのどかな田園風景が広がっている。

アレキパの街並み
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アルマス広場
町の中心にある広場。"sillar"と呼ばれる白色の火山岩で造られたカテドラルと回廊のような形の美しい建物に周囲を囲まれている。付近にはサンタ・カタリナ修道院などの主要な観光スポットや商店、レストランなどが集中しており、地元の人や観光客でいつも賑わっている。夜は広場とその周辺がライトアップされる

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カテドラル
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サンタ・カタリナ修道院
400年以上の歴史を持つ修道院。現在修道士は居住しておらず、全体が博物館になっている。高い塀に囲まれた敷地に一歩踏み入れると、外の俗世間とは違った静寂な空間が広がっている。修道士の居室や講堂、祭壇などが当時のまま残されており、修道士たちが世間との関わりを絶ってどのような生活を送っていたのかを垣間見ることができる。

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観光ツアーバスに乗りアレキパ近郊を巡った。
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ヤナウアラ展望台
ローマの水道橋のような形をしたアーチを抜けたところが展望台になっており、そこからミスティ山などの眺めを楽しむことができる。展望台に隣接してヤナウアラ広場があり、その周辺は花が植えられ、きれいに整備された公園になっている。
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カルメン・アルト展望台
天気がよければ、アレキパを代表する三山、チャチャニ、ミスティ、ピチュピチュの雄大な眺めを楽しむことができる。また、付近には川が流れており、のどかな風景が広がっている。展望台には休憩所があり、休憩所の敷地内ではリャマや食用のモルモットが飼育されている。
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マンシオン・デル・ファウンダドール
16世紀にアレキパの創始者ドン・マヌエル・ガルシ・カルバハル (Don Manuel Garcí Carbajal) の公邸として建てられた後、何人かの所有者を経て1875年に現在のような様式に改築された建造物。邸内にチャペルやパティオがあり、当時の生活用具や武器などが展示されている。
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モフモフのプリティーなアルパカちゃん
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ツアーの最後にギフトショップに寄った。
ギフトショップに行く道の途中に動物園のようにアルパカやリャマを見れる家畜所があった。

前を歩いていたペルーのギャルがアルパカやリャマを見てはしゃいでいた。
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はしゃぎ声に刺激を受けたのか、ちょうど、本当にちょうどの高さでギャルとリャマの顔が重なった瞬間、リャマが唾液をギャルの顔をめがけて発射した。

“きゃー”

ギャルの悲鳴が響き渡る。

その後ギャル達ははしゃぎ続ける。恐るべしギャル。

その光景を見ていた後方の観光客は中腰でリャマの前を通過していく。

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ちょうどの高さなんだよね
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ギフトショップにはヤツ等の体毛でできた服などが売られていた。
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どうでもいいけど、ホテルに戻ってTVを付けると、「ビバリーヒルズ青春白書」が放映されていた。
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アレキパはグルメの街。
そこでいろいろ食べてみた。
アルマス広場前のお店でランチした。
ロコト・レジェーノ(ロコトという大きな唐辛子に牛ひき肉などを詰めた激辛料理)
食事の開始前と終了後。
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この店、すっーーーげぇまずかった!!
生臭く、獣臭く、まるでゴミ箱やー
気分を変え、ディナーはフォルクローレの音楽を聴きながら郷土料理を食べた。

フォルクローレ
渡航歴_ペルー_フォルクローレ 
引用

アレキパの郷土料理チュペ・デ・カマロネス(川エビのスープ)
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花より団子


うまいっ!!
けど、この数時間に乗る夜行バスで下痢と戦うことになる。


クスコ/Cusco
日本からリマに到着し、国内線に乗り換えてクスコに向かった。

クスコは11〜12世紀頃に建設され、太陽神を崇拝するインカ帝国の都として栄えました。ケチュア語で「ヘソ」を意味するこの都市には、あらゆる地方から人々が集まり、まさに世界の中心地とされていました。しかし、16世紀になるとスペイン人の征服がクスコにも及び、インカ帝国は一瞬にして崩壊します。太陽の象徴である黄金で彩られた神殿や宮殿が破壊され、金銀を手当たりしだい略奪され、インカが築いた精巧な礎石の上にスペイン風の教会が建設されました。インカ時代の美しく精巧な石組みと、スペインのコロニアルな建築物が融合したクスコは世界文化遺産に登録されています。

クスコへは日本からリマに到着後に国内線で来た。
標高0mのリマから標高3,300mのクスコに一気来たので、クスコ観光の初めは息切れが激しかった。
クスコの街並み。雲が近い。
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カミソリの刃1枚も通さないという石造建築。
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12角の石。本当に隙間なく積み上げられている。
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アルマス広場
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カテドラル
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サント・ドミンゴ教会(コリカンチャ/太陽の神殿)

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クスコの北側の丘にキリスト像がライトアップされていたので登ってみた。
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次の日に備え、夜のクスコをぶらぶらしてホテルに帰った。
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~翌朝~

この日はマチュピチュの麓にあるアグアスカリエンテスという街への移動日。

移動方法は、クスコの街からポロイ駅までタクシーで、ポロイ駅からマチュピチュ駅まで鉄道を使用した。
(マチュピチュへの鉄道は早朝のダイヤのためタクシーを使用した)

このタクシーでポロイ駅まで行った。
渡航歴_ペルー_2_27 

クスコのタクシーからの車窓から


この鉄道(ペルー・レイル)でマチュピチュ駅まで行った。
渡航歴_ペルー_22
~続く~

あとがき
アルパカ_3 

“次回のブログ記事でコイツを食べちゃうんだよな”   と思ふ今日この頃でございます


最後まで読んでくれて
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