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【渡航歴】ギリシャ・トルコ・ブルガリア①

まえがき
今回の内容でございます。
  • 2009.04 ギリシャ、トルコ、ブルガリア旅行記

2009年04月のお話。

仕事を頑張っていたらiいつのまにか前回のヨーロッパ周遊旅行から4年が経っていた。

職場の先輩からの勧めで行き先はギリシャとトルコに決めた。

ギリシャではアテネのパルテノン神殿を、トルコではイスタンブールの歴史地区、カッパドキアで岩石遺跡群を見れればいいと思い、細かいルートやスケジューは現地で考えた。

ブルガリアはノリで行った。

世界地図(赤色箇所が訪問した国)
世界地図_ギリシャ-トルコ-ブルガリア



flag_flag_of_Greece_1.pngギリシャ/Greece

訪問都市の自己評価(凡例はココ   
渡航歴_ギリシャ_自己評価 

現時点で興味がある都市、観光スポット、世界遺産を挙げてみました。
オススメがあれば教えてくださ~い
渡航歴_ギリシャ_訪問予定都市  
アテネ/Athens
ギリシャ神話と聖闘士星矢の国ギリシャの首都アテネ。

ギリシア共和国の首都。人口は1991年現在,アテネ市78万4000,近郊を含む大アテネ310万を数える。古代ギリシア語ではアテナイAthēnai。その都市としての起源は古代にさかのぼり,今日なお往時の遺跡を豊富に残している。古代においては,前8世紀以降,この町を中心に,中部ギリシアの南東端に突き出た半島状のアッティカ地方全体を領域として,都市国家すなわちポリスが形成され,前2世紀,ローマの支配に服するまで独立の国家としての存立を保った。

観光名所
渡航歴_アテネまとめ
引用

当時、アテネの経済情勢は不安定(失業率約20%)で治安は良くないと聞いていた。

アテネの街に到着したのが真夜中だった。
宿を探すのが面倒だったのと初日で元気だったのでどこか朝まで時間を潰せるところはないかとガイドブックを見たら、パルテノン神殿が見える丘があるということでリカベストの丘に向かった。

深夜2時のアテネの広場。誰もいない。
渡航歴_ギリシャ_1_1 

真夜中のアテネの裏路地。ここを通る時はビビった。
渡航歴_ギリシャ_1_2 

治安が良くないという言葉が頭に過りながら、誰もいないアテネの街を歩いていた。

すると車の騒音に紛れて遠くからカツカツと定期的に音が聞こえてくる。
信号か住宅からの生活の音と思い、気にしなかった。

数分経っても音が消えない。
しかも近づいてくる。

えっ?何これ?何処から?何の音?

だんだん怖くなってきた。
周りは街灯だけで薄暗くハッキリ見えない。

すると前から聞こえていた音が横から聞こえるようになった。
そこで顔を横に向けると、↓コレが現れた。



衛兵の見回りだった。

動画だと周りは明るくてなんでもない光景に見えるが、このときは周りが薄暗く感じ、見えたらあかんもんが見えたと思った。

頼むから普通に歩いてくれよ!!


荷物を担いで階段を上り、リカベストの丘の頂上に到着した。

アテネの夜景はそんなに綺麗ではなかった。山の上の光がパルテノン神殿と思ってずっと見ていたが、明るくなって全然違うことに気付いた。

渡航歴_ギリシャ_1_4_2  

日が出始めた
渡航歴_ギリシャ_1_5

朝日
渡航歴_ギリシャ_1_3 

やっとアテネの街が見えた
渡航歴_ギリシャ_1_6 

横の教会がこんなに白いと思わなかった
渡航歴_ギリシャ_1_9 

あれはもしや
渡航歴_ギリシャ_1_7 

パルテノン神殿~
渡航歴_ギリシャ_1 

明るくなったのでアテネの街に下りた。

明りの有無だけで安心感が全然違う。
渡航歴_ギリシャ_1_8 渡航歴_ギリシャ_1_9 

ホテルにチェックインし、朝に見たパルテノン神殿のあるアクロポリスの丘をを目指した。

アクロポリスの丘の麓にある駅前広場
渡航歴_ギリシャ_10_2

ギリシャらしい遺跡があちこちに
渡航歴_ギリシャ_2 

古代アゴラを観光しながらパルテノン神殿を目指す
渡航歴_ギリシャ_11_2 

だいぶ近づいた
渡航歴_ギリシャ_11  

やっと到着。この門をくぐると
渡航歴_ギリシャ_6_2 

ででーんとパルテノン神殿が現れる 
渡航歴_ギリシャ_6

パルテノン寝殿は、古代ギリシア時代にアテナイのアクロポリスの上に建設された、アテナイの守護神であるギリシア神話の女神アテーナーを祀る神殿。

渡航歴_ギリシャ_5 

渡航歴_ギリシャ_7_3 

子供の頃に見ていた聖闘士星矢が目の前に。

小宇宙(コスモ)を感じた。

渡航歴_ギリシャ_8 

アクロポリスには、ムネシクレスにより作られた神域入り口の門プロピレア、その南にあるアテナニケ(勝利のアテナ)神殿、エレクティオン神殿、ゼウス神殿など、さまざまな遺構がある。

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オデオン円形劇場遺跡。今でも現役。
渡航歴_ギリシャ_3

アクロポリスの丘からの眺め。
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長いことぼーっとしていた
渡航歴_ギリシャ_12

旅の最終日は朝一にパルテノン神殿を見て旅を締めた
渡航歴_ギリシャ_7_4 


次に博物館に行った。

アテネ国立考古学博物館
ギリシア中の様々な古代遺跡から集められた最重要な遺物の数々を収蔵している。
渡航歴_ギリシャ_10_3 

ギリシャ彫刻が目を引く
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小宇宙(コスモ)を感じた。


テッサロニキ/Θεσσαλονίκη
トルコに行く途中に寄ったギリシャ第2の都市テッサロニキ。

ギリシア第2の大都市で,人口37万8000(1991)。同名県の県都,北ギリシア大臣の駐在地であり,また工業が盛んで,毎年開かれる国際見本市でも知られている。古代での呼称はギリシア語でテッサロニケThessalonikē,ラテン語でテッサロニカThessalonica。前316年,当時マケドニアを支配していたカッサンドロスKassandrosが,マケドニア東部,テルメ湾の奥のテルメThermēを中心に,周辺の町々を統合して建設し,妻の名をとって名づけたのが始まりで,海陸交通の要地として発展した。

テッサロニキは海に面した港街
渡航歴_ギリシャ_テッサロニキ上空 
引用

遊歩道。リゾートホテルが建ち並ぶ。
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ホワイトタワー
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ガレリウスの凱旋門
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ガレリウスの凱旋門の隣にロトンダがある
渡航歴_ギリシャ_14_2 

アギオス・ディミトリオス聖堂
テッサロニキの守護聖人致命者聖ディミトリオスを記憶する聖堂
渡航歴_ギリシャ_アギオス ディミトリオス教会_2 

渡航歴_ギリシャ_アギオス ディミトリオス教会 
引用

いつものように丘の上に城らしきものが見えたので登った。
渡航歴_ギリシャ_15_2 

渡航歴_ギリシャ_15_3 

渡航歴_ギリシャ_15 

城壁は丘から街へと延びる
渡航歴_ギリシャ_16 



サントリーニ島/Santorini
サントリーニ島は、エーゲ海のキクラデス諸島南部に位置するギリシャ領の火山島。カルデラ湾を望む断崖の上に白壁の家々が密集する景観でも知られており、エーゲ海の著名な観光地の一つである。

結婚式や新婚旅行で有名なとこ。

サントリーに島はクロアチアのドゥブロヴニクに行けなかった代わりに訪れた。(後述)


アテネから早朝にフェリーで出発。
渡航歴_ギリシャ_17 

途中、エーゲ海の島々に寄ったりして6時間ぐらいフェリーに乗っていた
渡航歴_ギリシャ_18 

このときの暇つぶしといえばガイドブックを読むかipodで曲を聴くかだった。

ipodは既にバッテリー切れ。ガイドブックは隅々まで読んだ。

仮眠をとるにも前夜ぐっすり寝たので全く眠くない。

乗船客を観察したり、フェリー内をぶらぶらしたり、すね毛を抜いたり、ありとあらゆる暇つぶしをした結果、何もすることがなくなり青い空を3時間ほどずっと見ていた。

これまで生きてきた中で最も暇な時間だった。

渡航歴_ギリシャ_18_2 

世界一周では暇つぶしグッズを持っていこう。
何を持っていこうかな?

そんなこんなでサントリーニ島に到着。崖の白いところは白壁の街。
渡航歴_ギリシャ_19 

フェリーに着いて客引きと交渉をして車でホテルに向かった。

ちなみにフェリー乗り場から中心街までロバに乗ることができる(ロバタクシー)。
何時間かかるんやろか。
渡航歴_ギリシャ_19_2 

ホテルに荷物を置いてサントリーニ島の中心フィラを散策。

メインストリート
渡航歴_ギリシャ_19_3 

渡航歴_ギリシャ_19_4 

ナチュラルコットンのショップ。店員のおねーちゃんを撮ろうとしたんだけど・・・渡航歴_ギリシャ_19_5 

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日が暮れてきたので、バスに乗ってサントリーニ島の夕日スポットのイアに行った。

渡航歴_ギリシャ_21 

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渡航歴_ギリシャ_25 

よく旅行パンフレットやガイドブックとかに載っているサントリーニ島の夜景を観ようと散策しいたが、予想と違ってガッカリした。きっとハイシーズン(7,8月)でなかったので宿泊客が少なかったからだと思う。

渡航歴_ギリシャ_35_4 

渡航歴_ギリシャ_35_3 

↓イメージしていたサントリーニ島の夜景
渡航歴_ギリシャ_サントリーニ島夜景 
引用

サントリーニ島にはビーチや遺跡などもある。

赤土のレッドビーチ。何をする訳でもなくビーチをぶらぶらした。
渡航歴_ギリシャ_35_3 (2)  

渡航歴_ギリシャ_29 

 
ギリシャに来てからよく見かけていた数珠のようなものをジャラジャラ、カチカチさせて指で回している男性をよく見かけていた。(日本のペンまわしみたいな感じ)
気になっていたのでサントリーニ島で買った。

名前はコンボロイといい、主にリラクゼーションやストレス解消の手段として使われているギリシャの玩具。
 コンボロイ
渡航歴_ギリシャ_コンボロイ_1  渡航歴_ギリシャ_コンボロイ_2 渡航歴_ギリシャ_コンボロイ_3 
引用

買った土産物店のオヤジに遊び方を教えてもらい、クレタ島に向かうフェリー内で遊んだ。

コンボロイの師匠。
渡航歴_ギリシャ_35_2

コンボロイ、めちゃむずい。
暇つぶしは10分ともたなかった。


クレタ島/Crete
エーゲ海に浮かぶギリシャ最大の島クレタ島。

クレタ島は島とは思えないくらい広く、都会的なリゾート地
渡航歴_ギリシャ_クレタ島全体 
引用

サントリーニ島とクレタ島に決める前は、エーゲ海のトルコ側にあるロドス島に行きたかったが残り日数が足りず、妥協してサントリーニ島とクレタ島に行った。

その中でもクレタ島はついでのついでに来たところ。

そんなクレタ島で最も興味を引いたのがミノア文明(クレタ文明)の代表的な遺跡クノッソス宮殿

クノッソス宮殿は、ミノタウロス伝説でも知られている。実際、この入り組んだ構造をもつ宮殿の壁という壁にはラブリュスと呼ばれる双頭斧が彫刻されており、まさしくラビリンスの語源に相応しいと言える。

渡航歴_ギリシャ_43_5 

北入口の要塞
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王座の間
渡航歴_ギリシャ_43 

行列の回廊
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フレスコ画展示室
渡航歴_ギリシャ_43_3 

1,2時間ほどバスに乗ってクレタ島の中心都市のイラクリオンに行った。

イラクリオンは、東ローマ帝国、ジェノヴァなどの支配を経て、13世紀初頭に第4回十字軍で勢力を伸張させていたヴェネツィアの支配下におかれた。

ヴェネツィア要塞
渡航歴_ギリシャ_45_1 

渡航歴_ギリシャ_45_3 

渡航歴_ギリシャ_45 

渡航歴_ギリシャ_45_4 


クレタ島で食べたケバブと切った野菜にオリーブオイルをかけてフェタチーズをのっけたグリース(Greece)サラダ
渡航歴_ギリシャ_36 
コレ一人前


全体を通して、現時点のギリシャの印象はこんな感じです。
・ ギリシャ神話 
・ エーゲ海と白い街
・ 小宇宙(コスモ)


~続く~

あとがき
ギリシャ神話は奥が深い。
ワンピースの○○の実ような個性的な特徴のある神々の、血縁関係を越えた昼ドラのようなドロドロなエピソードが数えきれないほどある。
渡航歴_ギリシャ_ギリシャ神話系図 
ん!?
あれ?

“ゼウスはビックダディーだな~”   と思ふ今日この頃でございます


最後まで読んでくれて
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