2014年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年06月

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【キューバ】雨の大砲儀式

154日目 国旗_キューバ ハバナ@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • モロ要塞
  • 第一ゲバラ邸宅
  • カバーニャ要塞
 
思いのほか都市間の移動が順調だったこともあって、3日の滞在日数を残してハバナに戻ってくることができた。

キューバ到着翌日に革命広場に行ったぐらいでハバナ観光はほとんどしていない、ということで本腰を入れてハバナ観光をすることに。

オールド・ハバナとその要塞群
世界遺産_オールド・ハバナとその要塞群

1982年に登録されたキューバの世界遺産(文化遺産)。首都ハバナの旧市街(オールド・ハバナ)の歴史的な建造物と4つの要塞からなる。ハバナは1519年、スペイン人のベラスケスが建設した都市である。この都市は、キューバ全土で生産した砂糖とタバコをヨーロッパに輸出、奴隷をアフリカから輸入し、17世紀には造船業でも栄えた。細い道路が縦横に走るオールド・ハバナには、約3000の建物が存在するが、これらの中に、バロック様式にスペインのムデハル様式を融合させた、スペイン・バロック様式の建築物が多数含まれている。18世紀の建築物が多く残存し、1776年には大聖堂が完成した。オールド・ハバナは、フランスの海賊ジャック・ド・ソーレスに焼き討ちされたことをきっかけに、しだいに要塞化されていった。16世紀後半、バルトロメウ・サンチェスによりフエルサ要塞が建設され、その後、海賊や諸外国の攻撃に備えるため、ハバナ湾の入り江には4つの堅固な要塞が築かれた。ハバナ最古のフエルサ要塞、カリブ海最強の砦といわれた城壁の高さが20mのモロ要塞プンタ要塞カバーニャ要塞がある。

世界遺産_オールド・ハバナとその要塞群_1
世界遺産_オールド・ハバナとその要塞群_2
一部Dliftから引用

旧市街の対岸のカサ・ブランカ地区に向かった。

カサ・ブランカ地区にはカピトリオ前のバス停からP11番バスで行くことができます、10分ぐらいです、海底トンネル(1955~ 57年にかけて造られた、長さ733m)を抜けてすぐのバス停です。
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バス停から徒歩10分ほどでモロ要塞が見えてきた。

要塞の中に入る前に周辺をブラブラ
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城壁の高さ20m
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小人ではなくて、すごく大きな大砲
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細い通路に狭間(さま)がいくつもある
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入口で入場料6CUC≒600円を払い要塞の中に
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教会
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キューバはコロンブスが発見した島、ということもあってコロンブスの旅の軌跡や歴史の資料が展示されていた
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絵画によるイギリス軍との攻防の様子
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ジオラマによる要塞増築の解説
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現役で活躍する灯台
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ハバナ港を行き来する船の監視室のおっちゃんが手招きをして中に入れてくれた
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覗いてみると
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革命広場前のホセ・マルティ記念博物館の塔が見えた

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おっちゃん、楽しかったよ、でも、一つだけ言わせて、・・・暇なん?

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次に閉館時間が迫っていたので第一ゲバラ邸宅へ向かった。

ゲバラの所持品などが展示されている
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この絵画は土産のポスターやポストカードなどでよくみる
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ゲバラは医者でもある
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神扱い
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視聴室はガラガラで、モニター代わりのTVには民放のニュースが流れていた、ゲバラ関連の映像を流す気配は一切なかった
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愛用していたマテ茶グッズ(ゲバラはアルゼンチン人なんですよね)
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屋上からの旧市街の眺め
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カピトリオが一際デカイ
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邸宅の隣にあるキリスト像。この時からだろうか、雲行きがけ険しくなってきたのは・・・
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カバーニャ要塞に戻る途中、武器、武装車、戦闘機などが陳列されていた。よくみるとソ連のマークが付いていた、おそらくキューバ危機の頃の兵器かと
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カバーニャ要塞に到着したのは18時10分。

カバーニャ要塞は、毎日21時に行われる大砲の儀式が名物。

それもあって入場料は18時以降は2CUC≒200円ほど上がる。(あと10分早く到着したかった、17時50分に入場してそのまま要塞内で待機していても問題ないように見えました)

カバーニャ要塞
ハバナ旧市街と運河を隔てて建つ規模の大きな要塞。内部にはいくつもの部屋があるが、一般に公開されているのはゲバラ博物館武器博物館。革命政権樹立後、ゲバラは国立銀行総裁に就任、さらに工業大臣として政治と向き合うこととなった。ゲバラ博物館には執務室が当時のまま残されているほか、写真や所持品などの展示がある。カバーニャ要塞そのものがハバナ市街を見渡す展望台のようなところだが、もうひとつの見どころが、150年間続けられている大砲の儀式だ。スペイン時代の制服を着た兵士が太鼓をたたきながら行進し、一連の儀式の後に大砲に発火。要塞と暗闇を揺さぶるドンという巨大な音が響く。

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要塞の各所に案内板があり、昔と現在の写真を見比べることができた。こういった実物を目の前に当時の写真を見て、妄想しながら観光するのが好き。TVでは味わえない旅ならではの楽しみ方だと思う。
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昔1
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現在1
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昔2
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現在2
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砲丸のオブジェ
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要塞内の武器博物館には各年代の武器が展示されていた。

現代
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中世
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こういうの見るとRPGを思い出す
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投石機
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城門を破壊するやつ
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原始時代はこん棒や火が武器だった
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見終わって思った。

(見る順番を間違えてもーた、時代を遡って見学すると武器がだんだんと貧相になっていく、原始時代は固い棒だもんな~)

なんかスッキリしない気分のまま、隣のゲバラ博物館に向かった。

当時のままの執務室を博物館に利用している
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ゲバラが愛用したNippon製のNikonのカメラ
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要塞内をブラブラ。

対岸にみえるのはプンタ要塞
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ここで大砲の儀式が行われる
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この先に目掛けて発射する(もちろん空砲です) 
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対岸の防波堤にいてもドォォンと鳴り響く音を聞くことができる。

目の前で見るとどんな感じなのか楽しみ。

大砲の儀式まで要塞内をウロウロ
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対岸に見えるのはフエルサ要塞
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ハバナ港は旧市街のプンタ要塞とフエルサ要塞、カサ・ブランカ地区のモロ要塞とカバーニャ要塞の4つの要塞に挟まれている。かつてモロ要塞とプンタ要塞には太い鎖が渡されていて、ハバナ港に通じる運河を行き来する船を管理していた。しかし、1762年にイギリスがモロ要塞を襲撃、1年間にわたって立てこもり、事実上ハバナはイギリス領となった。1年後スペイン政府はフロリダと引き換えにここを取り返すのだが、この事件があった翌1763年に二度とモロ要塞を占領されないよう、カバーニャ要塞を造り自衛力を強める。

4つの要塞に挟み撃ちされたらひとたまりもない
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タバコを吸いながらハバナ旧市街地を眺めていた
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要塞内も雰囲気が変わった
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20時30分ごろからスペイン時代の制服を着た兵士達が太鼓を鳴らしながら歩いてきた。

大砲の儀式が始まった
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暫くすると雨が降り出した。(すぐに日焼けするぐらい天気が良い日が続いていたのに、何でまたこんな時に降るかね?)

雨が降っても大砲の儀式は中止にならないです、この儀式は150年間毎日行われているそうです
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発射まであと15分、雨がどんどん強くなってきた。

これまで150年間毎日、21時ちょうどに大砲を発射してきた彼らに向かって観光客は叫ぶ。

「ゆっくり歩いていないで早くここに来て!!」

「早く撃って」

「はりーあぁぁぁぷぅ!!!!」

無茶言うわ~(笑)
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いよいよ大砲に火を付けて発射
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予想以上の迫力だった(ちなみに動画では思いっきり発射口に人が被っています)


大砲一台でこれだから何百台ともなるとうるさくて何も聞こえないんだろうなぁ(耳キーンどころの騒ぎじゃないんだろうな)

キューバに来て1週間経つけど、雨が降ったのはこの時間帯だけ(運がいいのやら、悪いのやら)

公共バスで旧市街に戻った。

一旦、宿に戻り着替えてから町にくりだした。

23時頃のハバナ旧市街 誰もいない
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カテドラル 誰もいない
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ビエハ広場 誰もいない
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売春婦と麻薬の売人はたくさんいる
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キューバは治安がいいといわれているけど、強盗被害にあっている方もいるみたいです。

社会主義なので警察に連絡しても対応は遅い。インターネットが普及していないのでクレジットカードを停止するのにも一苦労。島国なのでパスポートが他国に移動できない。

どの国よりも被害に合いたくないと思いました。

あとがき
男1人旅だと、夜中に歩いているとよく売春婦に声をかけられる。キューバでも同様。道ですれ違う際に腕を触って来て「どう?」とその場で誘ってくる。昼間に。しょっちゅう。普通のおねーちゃんが。2,000円ほどのお手頃価格で。

そして、麻薬売人も同様。真昼間に大勢人がいるところで声をかけてくる。ランチにコカインって

“風俗よりも麻薬よりもランゴスターが食べたかったんだなぁ”   と思ふ今日この頃でございます
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| キューバ | 02:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【キューバ】「チェ28歳の革命」で見たヤツ

153日目 国旗_キューバ サンタクララ@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • トレン・ブリダード記念碑
  • チェ・ゲバラ霊廟
  • 移動(サンティアゴ→サンタ・クララ)
  • 移動(サンタ・クララ→ハバナ)
  • パンクしたタイヤとパンクしていたタイヤ

革命戦争勝利の突破口となったサンタ・クララに行った。

サンティアゴ→サンタクララ, Viazulバス, 11h, 33CUC≒3,300円
移動_サンティアゴ→サンタクララ

サンタ・クララに到着したのは朝の6時半頃。

到着してすぐにチケット窓口でハバナ行き便の時刻表を聞いたところ、2時間後の8時頃と17時頃だった。

サンタ・クララの観光名所といえば、チェ・ゲバラ霊廟トレン・ブリダード記念碑(他にもあると思いますが定番なのはこの2つかと)

街も小さく他に見所もないので、夕方まで時間を持て余すのも勿体ないと思い、タクシーに乗って弾丸で観光名所をを巡ろうかと考えた。

バスターミナルの前でタクシーを探すも、タクシーどころか客引きもいない。(キューバに来て初めて)

仕方がないのでとりあえず歩いた。

徒歩20分ほどでチェ・ゲバラ霊廟の銅像の背中が見えた
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ここでふと思った。

(チェ・ゲバラ霊廟って開館時間、8時じゃね?)

ということで8時発のハバナ行きの便は諦めて、のんびりサンタ・クララ観光をすることにした。

チェ・ゲバラ霊廟は後回しに、トレン・ブリダード記念碑に向かった。

川を越え、教会をのぞき見
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街の中心地の広場に到着
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掃除のおじちゃんみたいなおばちゃんに火をもらい一服(声を聞くまで全く気付かなかった)
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朝7時ごろなのに人気の少ない街をブラブラ歩く
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チェ・ゲバラ霊廟から40分ほど歩いてようやく到着。(バスターミナルからここまでタクシーで15分ほどみたいです)
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トレン・ブリンダード記念碑
革命勝利の1年前、1958年12月29日にチェ・ゲバラ指揮する革命軍はここでバティスタ政権の装甲車を襲撃し、多くの武器等を奪取した。これによリバティスタは亡命を決意し、革命勝利へのきっかけとなった。装甲車を襲撃した場所に列車とモニュメント等が残されている。

映画「チェ 28歳の革命」のクライマックス・シーンと同じ土地ということもあって少し興奮した。(キューバ革命に興味ない方は全く面白くないと思います)
28歳の革命、39歳別れの手紙

記念碑や列車、重機が展示されている
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チェ・ゲバラ霊廟に向かって来た道を戻る。

壁にアメリカを皮肉った風刺画が描かれていた
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紙を円錐に丸めた入れ物に入ったピーナッツ(1CUP≒4円)このオッチャンのが一番美味しかったな~
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イカツイおっちゃんのゲバラ・タトゥー
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なんだかんだとチェ・ゲバラ霊廟に到着。

チェ・ゲバラ霊廟
ゲバラは1967年にポリビアでボリビア政府軍との戦闘で捕らえられ、翌日の10月9日に射殺されてしまった。没後20年を記念して1987年にゲバラの銅像と、同じく戦闘で亡くなった38人の慰霊を込めて38の石を安置した霊廟を、革命戦争勝利の突破口となった記念すべきここサンタ・クララに建てられた。その後、1997年にポリビアでゲバラの遺骨が発見されて、カストロの手でこの霊廟に収められた。ゲバラの名言Hasta la VlctoHa Siempre(常に勝利に向かって)の書かれた台座の上には、6mを越える巨大な銅像が立っている。記念碑の近くに博物館があり、ゲバラの子供の頃からの写真や身につけていたもの、記念品等が展示されている。

38人の慰霊を込められた石と燃え続ける炎。ゲバラの炎は博物館の隣の部屋で燃え続けている。
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ハバナ、トリニダーなど各都市でゲバラ関連の展示物を見たが、ここの展示物が一番充実していたと思う。(キューバ革命、ゲバラに興味があればサンタ・クララまで足をのばすことをオススメします)

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チェ・ゲバラ霊廟を後にしたのは昼12時頃。

バスの出発時刻まで5時間もある。

街の中心地といっても何もなさそうだったので、とりあえずバスターミナルに向かった。

バスターミナル前の屋台でフィッシュバーガー的なものを。この兄ちゃんの「早く受け取って欲しいんだよな」な感じが面白かった
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バスターミナルには朝とうって変わって客引きがいた。

「どこに行くんだ?」と聞かれたので、「ハバナまで行きたい」と答えると乗り合いタクシーまで案内してくれた。

値段を聞くと1,500円ほど。Viazulバスの値段は2,500ぐらい。

待ち時間も解消でき、なにより安くハバナまで戻れるということで即決した。

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サンタクララ→ハバナ, 乗り合いタクシー, 4h, 15CUC≒1,500円
移動_サンタクララ→ハバナ

一本道を100km/hで走行する。同じ景色は眠くなる。
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出発して3時間ぐらいで、ガタンッと音がし乗り合いタクシーが停止した。

パンクだ。(噂に聞いていたパンク。使い古されたタイヤを使用しているので長距離移動の際は頻繁にあるらしい)

手慣れた感じでスペア・タイヤと交換を始める、が、スペア・タイヤもパンクしていた
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(こりゃー、長引きそうだなー、素直にViazulバスの17時発の便を選べばよかったかなー)

とか思っていると、すぐに別の車が停車し、その車からスペア・タイヤを受取りタイヤ交換をした。

タイヤ交換完了まで20分。パンクだけでなく、スペア・タイヤの受け渡しも日常茶飯事みたいです。
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なんだかんだとViazulバスよりも1時間短くハバナに到着した。

両替場所も見つからず現金がなくならないか、移動時間やバスの便数が不明でキューバ出国便に間に合うかを日々ヒヤヒヤしていたけど、なんとか予定ルートでハバナに戻る事ができた。

どちらかというと移動が順調だった分、キューバの残り日数が3日も余った。

この3日をハバナでどう過ごすかということだったんだけど・・・

あとがき
スペア・タイヤの受け渡しの際に、現金の受け渡しや連絡先の交換などせず、タイやを渡したらすぐに出発していった。

“どういうこと?キューバ人皆兄弟ってこと?”   と思ふ今日この頃でございます

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【キューバ】サンティアゴ・デ・クーバからのキューバ革命

世界一周 152日目 国旗_キューバ サンティアゴ@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • 世界遺産マーク モロ要塞(サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城)
  • 7月26日モンカダ兵営博物館
  • カーニバル博物館

キューバ革命の発端となる歴史を持つサンティアゴ・デ・クーバに行ってきた。 

カマグエイ→サンティアゴ, Viazulバス, 6h30min, 18CUC≒1,800円
移動_カマグウェイ→サンティアゴ

Viazulのバスターミナル前には「SANTIAGO」の看板がある
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バスターミナルの前に巨大なモニュメントがある
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個人的に好きなタイプ
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ハバナの革命広場にあるゲバラ、カミーロの肖像と同じタイプの肖像(名前聞いたけど忘れた)
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バスターミナルから中心地に向かうためバス停で待っているとバスというより乗り合いトラックみたいなものが来た。サンティアゴはこのタイプがたくさん走っていた。
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サンティアゴの街は中心地を起点に丘になっている
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カテドラル前の道路で違反者が取り締まられていた。変な意味ではなくキューバの女性警官セクシーなんです。ミニスカートに黒の網タイツ。セクスィーなんです。
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マルタ広場。日差しが強すぎて影のところ以外誰も座っていなかった。
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キューバ革命が始まるきっかけとなった場所にある7月26日モンカダ兵営博物館に行った
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7月26日モンカダ兵営博物館
この兵営は1854年に刑務所として建てられたもので、1952年にクーデターによって政権についたバティスタの、キューバ国内第2の規模を誇る兵営であった。1953年7月26日、カストロ率いる革命軍は親米バテイスタ政権の打倒を掲げこのモンカダ兵営を襲撃。その日、兵営内ではカーニバルのあとのパーテイが開かれていた。早朝、気が緩んでいるところを狙っての襲撃だったが、この作戦は失敗に終わる。121人のうち61人の仲間が犠牲になり、カストロも逮捕された。しかし、この襲撃の失敗こそがのちのキューバ革命実現に向けての大きな契機となる。カストロは恩赦で出獄したのちメキシコに渡り、反バテイスタの組織7月26日運動(M267)を結成。メキシコで同士となったゲバラらと再びキューバに上陸し、ゲリラ戦を展開したのち1959年にバテイスタ政権を崩壊させる。革命軍の腕に付けられている「26」の数字は、この日を忘れないという意味が込められていたのだ。博物館の入口になっている3番ゲートには今も当時の弾痕が残っている。館内にはモンカダ兵営襲撃に至る経緯、カストロと弟のラウル、およびアベル・サンタマリアそれぞれの部隊がとった襲撃の経路、殺害されたメンバーの写真、グリラ戦の様子、M-26のユニホーム、武器などが展示されている。

博物館は修学旅行生や観光客で賑わっていた
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当時の弾痕が残る3番ゲート(博物館入口)。思っていたより数が多く、穴が大きかった。生々しい・・・
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犠牲になった61名の配置や当時の状況
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革命軍の経緯
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ここはキューバ革命の火種を切った場所、そう考えると心が震えた(キューバ人じゃないし、にわかキューバ革命ファンだけど、震えた)

1CUP≒4円のオレンジジュースとおちょこサイズのコップに入ったカプチーノを飲んだ
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世界遺産のモロ要塞に向かった。

サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城
1997年に登録された世界遺産(文化遺産)。サンティアゴ・デ・クーバは、キューバ東部のサンティアゴ・デ・クーバ湾に面した人口約40万人の港町である。この町はディエゴ・ベラスケス・デ・クエリャル(キューバ征服を指揮し初代キューバ総督に就任したスペイン人)によって建設され、1515年から1607年まではキューバの首都だった。この町にあるサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城(サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ要塞)は、ヨーロッパの列強諸国がカリブ海の覇権を競った16世紀末、キューバの戦略的な重要拠点であるサンティアゴ港を防衛するため、スペインの国王フェリペ2世の命令で建設された。この要塞には砦、弾薬庫、砲台などが複雑に配置され、イタリア人技術者ファン・バウティスタ・アントネッリの設計によるイタリア・ルネサンス様式の遺構が残されている。サンティアゴ・デ・クーバはその後、16~17世紀には海賊による密貿易の拠点となり、18世紀末にはハイチ独立により、この地に移り住んだフランス人たちがサトウキビの栽培を手がけた。こうした経緯から、スペインとフランスの建築様式が混在する町並みを形成することになった。また、この町は1898年、米西戦争が起こった舞台となり、1953年にはフィデル・カストロ率いる160名の兵士が陸軍の兵営を攻撃しキューバ革命が始まるきっかけになった歴史も持っている。現在はマンガン鉱や銅鉱などの鉱物や砂糖、タバコの積み出し港としてにぎわっている。

世界遺産_サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城

世界遺産_サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城_1
世界遺産_サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城_2

一部Dliftから引用
  
中心地からタクシーで15CUC≒1,500円ぐらいと聞いていたが、高いので公共バスで行けないか探したら以外と簡単に見つかった。

中心地→モロ要塞, 乗り合いトラック, 2CUP≒8円, 40min
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終点はモロ要塞の手前。「モロ要塞は休館しているよ、だから向こうの綺麗なビーチへ行った方がいいよ」と客引きが嘘を言いボートに乗せようとする
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終点からモロ要塞入口までは徒歩30,40分はあります(結構遠い)途中にそこそこ綺麗なビーチがある。
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ビーチからちょっとしたトレッキングが開始。15分ほど登ってモロ要塞が見えてきた
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ロカ(la Roca,「岩」)城と呼ばれるだけあって監守な造りになっている
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橋を渡るとチケット売り場(入場料4CUC≒400円)
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中は高い塀が入り組んでいる
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武器庫、宿舎、教会、牢獄などがある
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城塞は切り立った崖の上に建っている。高さ約60m
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カリブの海賊との攻防や米西戦争の海戦の舞台となっただけあって大砲がたくさん設置されている
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武器もたくさん展示されている
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海賊が腰巻きにさしてそうな湾曲した持ち手の銃
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ヘンリー・モーガン(中央)をはじめとするカリブの海賊達。リアル・ワンピース。
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米西戦争の資料なども展示されている
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帰りも乗り合いトラックに載った。魚が入ったバケツを持った漁師さん達が乗ってきた。魚の生臭い匂いが漂う。
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ちょうど目の前に漁師さんの脇が。生臭い魚と仕事終わりの脇の臭い、ハンパねぇ。
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トラックで仲良くなったキューバ人家族が電話番号を教えてくれた。FacebookやE-Mailの交換ではないところが新鮮。
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中心地の到着し、とりあえずジュース(1CUP≒4円)。昼になると更に日差しが強くなる。
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バカルディ博物館に行きたかったが時間外でもないし、休館日でもないのに3回訪問したがずっと閉まっていた。バカルディといえばラム酒の有名ブランド。サンティアゴの初代市長エミリオ・バカルディの一族がそのラム工場を営んでいた。。革命後にバカルディが亡命するとその技術がプエルト・リコに移され、キューバではハバナ・クラブと名前が変わった。
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キューバのタバコを買ってみた。ショートピースのようなフィルターなしの紙巻きタバコ。1箱7CUP≒30円。キューバ人客は1本単位で購入していた。
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旅疲れと暑さにやられベンチで横になった。そこが裁判所の目の前だったせいかすぐに叩き起こされた。
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うさん臭い屋台。でもノリがよかったから買った。パンとハムだけのサンドイッチ。10CUP≒40円
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カーニバル博物館に行ってみた。入場料1CUC≒100円
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館内は狭く、展示されているカーニバルの衣装もあんまりな感じだった。
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でも、中庭で披露されるダンスショーがよかった。100円のわりにはクオリティーは高い。でも全員私服。1時間ほどしてショーが終わるころに音楽CDの売り子に変身する。
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レストランの前でシェフが自慢の料理を披露していた。めちゃくちゃ美味しそうだったけど1品5,000円以上ばかり(ランゴスター1万円だった)。ボクは40円のチャーハンで我慢。
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生ビール(1CUC≒100円)を相席したキューバ人の若者と飲んだ。サンティアゴではレアルマドリードのクリスティアーノ・ロナウドのような美形で筋骨隆々な若者をよく見かけた。サンティアゴは男前が多いいめー
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サンティアゴは音楽も盛んな街。1泊して夜にジャズバーやサルサバーを観に行こうと思っていたけど、一方的にOK?OK?を連呼する宿の案内人に腹が立ち、いろいろあって、宿泊せずにサンティアゴを後にすることにした。(ハバナであんなに時間が余ると分かっていたらサンティアゴで2泊ぐらいしたのに、失敗した・・・)


あとがき
「革命」ってなんかカッコいい、「カリブの海賊」ってなんかカッコいい、「黒編みタイツのミニスカポリス」ってなんかいい、思ってしまう。

“男って単純で幼稚なんだなぁ”   と思ふ今日この頃でございます

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【キューバ】カマグエイ? カマグェイ?? このパターン面白くない

世界一周 151日目 国旗_キューバ カマグェイ@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • 世界遺産マーク カマグェイの歴史地区
  • ドミノ
  • フリーメイソン

スペイン植民地時代の建築物が今なお残っているカマグェイに行ってきた。
 
カマグェイの歴史地区
2008年に登録されたキューバの世界遺産(文化遺産)。カマグェイは、首都ハバナの南東約500km、キューバ島中部にある人口約29万4000人のカマグェイ州の州都である。この都市は1530年代にスペイン人により建設され、かつては「サンタ・マリア・デル・プエルト・プリンシペ」と呼ばれていた。同市は古くから同島内陸の交通の要所で、サトウキビ栽培と牧畜が盛んなカマグェイ州を背景に、製糖業などの食品加工業や商業が発達し、19世紀までスペイン領西インド諸島の経済的な中心地とであった。同市には17世紀の教会を含め、スペイン植民地時代の建築物が今なお残っている。こうした歴史的な町並みが評価され、世界遺産として登録された。

世界遺産_カマグェイの歴史地区


世界遺産_カマグェイの歴史地区_1
世界遺産_カマグェイの歴史地区_2

一部Dliftから引用

両替所が見つからない、移動の費用と所要時間が不明、どこまで東に行けるか模索中、ということもあって余裕がなかったので1泊でトリニダーを後にした。(トリニダーは小さい街ですけど、ゆっくりするにはすごく良い街です)

トリニダー→カマグエイ, Viazulバス, 5h, 15CUC≒1,500円
移動_トリニダー→カマグウェイ

道端の露店でバスの途中休憩。

紐に吊るした玉ねぎやニンニクなどが売っていた。Viazulバスは外国人用バス。(観光客が買う土産ちゃうんちゃう?)って思っていたら、
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しっかり買っている観光客がいた。前の座席の人。すっごい玉葱の臭いがするの、すっごい。
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カマグエイにあるViazulバスのターミナルは中心地から徒歩30分ほど離れたところにあります。(タクシーの客引きがすごかった)

バスターミナルの目の前に公共バスのバス停があって、道も中心地まで一本道なので分かりやすい
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中心地は道が狭く三輪タクシーを待つバスの風景をよく見ました(慣れているせいかクラクションは鳴らさない)
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カマグエイの情報は「スペイン植民地時代の街並みが残る世界遺産の都市」ぐらいしかなかったので(地球の歩き方にも載っておらず、HPやブログなどにもほとんど見かけなかった)、とりあえず街ブラして何かを発見することにした。

Viazulバスターミナル側に見える中心地の教会。バスからこの教会が見えたので、これを目指した。
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教会前の広場。教会の隣が学校だったので授業中に抜け出した生徒がここでたむろっていた。
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中央の広場(名前忘れた)
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カマグエイ一族(と勝手に思っている、顔写真のしたにカマグエイの歴史に関することが書いてあったような・・・)
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世界遺産の都市だけあって案内板があちこちにある
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出土品を展示している博物館に行ってみた
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教会前の広場(名前忘れた、案内板が見えているけど)
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少し町外れに行ってみた
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葉巻がよく似合う身長2mのオヤジがいた
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赤い建物の前で若者5,6人がワイワイとしていたので近づいてみると、「近寄ったら殺すぞ」ぐらいの勢いで吠えられた。少し離れ、振り返って見ても「何見てんねん殺すぞ」ぐらいの勢いで吠えられた。場所が場所だけに早々と離れた。
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カマグエイの街にはウォールアートがたくさんあった
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教会の裏で賑やかな声がしたので近寄ってみた
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ドミノをやっていた。

暫らく見ていたらなんかできそうだったので、仲間に入れてもらった
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 脇道を歩いているとフリーメイソンのマークがある建物があった。

フリーメイソン_1

フリーメイソンに関しては都市伝説で聞いたことあるぐらいの知識。(こんなマークだったけな?目とか付いてなかったけな?そんなレベル)

写真を撮ったことでフリーメイソンの信者に拉致されるかもしれないと勝手にドキドキしていた。

手前左の建物にマークが付いていた。ドキドキしつつもこのまま道を真っすぐ進んでみた。
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すると、メイソン・カフェというお店が現れた。なんか怖くなったので店には入らず脇道を離れた。(信じるか信じないかはアナタ次第)
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カマグエイの街だけでなくキューバのいくつかの都市でフリーメイソンのシンボルマークを見た。(なにかキューバの裏社会に関係しているのでしょうか・・・ボクは何も知りません見ていません・・・)

人通りの多い中心地に戻った
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中心地は綺麗に整備された観光地(振り返るとキューバの中でカマグエイが最も街が整備されて新しい感じがした)
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キューバのビールを飲んで休憩。奥のゲバラの肖像の建物は地球の歩き方の表紙になったらしい。
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カマグエイのといえば画像手前の壺。この壺は雨水を溜めるもので、植民地時代にはこの壺の数や大きさが裕福な家庭のステータスになっていたらしい。
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映画関連のレストランやカフェが建ち並ぶ通りがあった(ハードロック・カフェ的な感じってこと?)
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行列の出来る店のアイスクリームを買った。誰一人コーンを下から食べている人はいなかった。(コレって日本人あるあるじゃない?)
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キューバで初めてChupaChupsを見た。値段は日本と同じぐらい。そしてキューバに来て初めて商品にビニール袋が付いた。
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マセオ通り。キューバ名産のお土産はここが安かった。
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左)昔  右)現在
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夜になり広場でコンサートが開催されるということで待っていたが、開始予定時刻1時間経っても開始しなかった。(リハとか見ていたので期待していたのに)
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そして夜行バスで次の街に向かった(バスターミナルで爆睡中の少女、この位の大きさだとどこでも寝れていいなと思う)
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あとがき
“ブログ記事のタイトルを考えるって難しくない?他のブロガー皆さん上手だよねー。もっとセンス光るタイトルにできたらな。フリーメイソンなんとかしてくんないかな。”   と思ふ今日この頃でございます

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| キューバ | 03:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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【キューバ】トリニダ-? トリニダード?? トリニダ!?

世界一周 150日目 国旗_キューバ トリニダー@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • 世界遺産マーク トリニダードの街並み
  • 革命博物館
  • ロマンティコ博物館
  • ラ・カンチャンチャラ
  • 晩飯はランゴスタラム酒

サトウキビと奴隷売買で繁栄した町トリニダードに行ってきた。

トリニダードとロス・インヘニオス渓谷
1988年に登録されたキューバの世界遺産(文化遺産)。トリニダードは、首都ハバナ南東、ディエゴ・ベラスケス・デ・クエリャル(キューバ征服を指揮し、初代キューバ総督に就任したスペイン人)が1514年に建設した都市。この町は、18世紀末になって、サトウキビプランテーションによる砂糖生産で大きく発展し、その繁栄は19世紀後半まで続いた。こうしたことから、サトウキビ農園主などの屋敷、サンティシマ・トリニダード大聖堂、ラ・ポパ聖堂など、その繁栄を象徴するスペイン植民地時代の遺構が多数残されている。一方、トリニダード市街の北西にロス・インヘニオス渓谷がある。ここにはトリニダードの町の繁栄を支えた56の砂糖工場があり、その労働力として苦難を強いられたアフリカの黒人奴隷を監視するために建てられたイスナーガの塔が残っている。

トリニダードとロス・インヘニオス渓谷

トリニダードとロス・インヘニオス渓谷_2
トリニダードとロス・インヘニオス渓谷_1

Dliftから一部引用

シエンフェゴス→トリニダード, Viazulバス, 1h30min, 6CUC≒600円
移動_シェンフェゴス→トリニダー

バスターミナルは街のど真ん中にあります、移動が非常に楽です
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バスターミナルの出口にはカサ(宿)の客引きが待ち受けていました。怖いです。
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中心部は石畳のなだらかな坂になっています
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サンティシマ教会付近から見える(下画のもう少し奥、撮るの忘れてた)革命博物館の塔の画が25¢CUCコインのデザインになっています
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25¢CUCコイン
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革命博物館に行ってみた
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昔はサンフランシスコ修道院だった
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バティスタ政権の掃討作戦で命を落とした、カストロ率いる革命軍のメンバーの写真や遺品などを中心に展示している
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カミーロとゲバラの私物
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当時の写真や武器がたくさん展示されている
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キューバのあちこちで赤×黒カラーに「26」や「julio(jyly)」の文字が描かれたデザインをよく見かける。

これは、フィデル・カストロが主導した「7月26日革命運動」に由るもの。(今後もちょこちょこでてくると思います)

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モンカダ兵衛襲撃の写真、侵略の経路、拠点、ゲバラとカストロの戦略、武器など、パネルや図面などを使って説明されている
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キューバが撃ち落としたアメリカ軍の航空機U2の残骸
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中庭にはアメリカ軍の備兵が使用した上陸用のポートと輸送トラック
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革命博物館の塔は登ることができます
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更に上に登ることができるみたい。このフロアからの景色でも十分だったので降りようとしたら「ここ登りたい?」とオバちゃんが聞いてきた。
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狭い通路でも危なくない観光客の人数だったからなのか、それともオバチャンの親切だったのか、上部への階段を登らせてもらった
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トリニダー中心部は狭い。10分も歩けば石畳でなくアスファルトに、30分も歩けば山になる
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良い眺めに満足して階段を降りて、オバチャンの顔を見て「ありがとう」というと、おばちゃんは1cuc≒100円と言った。

上部への階段を通してくれたのは、観光客への配慮でもなく、オバチャンの親切心でもなく、ただの小遣い稼ぎだった。(ちょっと残念)



トリニダーには革命博物館の他に建築博物、グアムアヤ考古学博物、市立歴史博物館などたくさんの博物館がある。

金も時間もあれば全部行きたかったけど両方に余裕がない。(この時はまだキューバ東部をどこまで行くか検討中だった)

とはいえ折角なので、ロマンティコ博物館に行くことにした。(歴史博物館に興味があったけど、ちょっと覗いてみたら期待できなさそうだったのでやめた)

1808年に建てられた農園主のニコラス・ブルネット・ムニョスの屋敷をそのまま博物館にしています
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サトウキビで成功した人農園主らの所蔵していた見事な家具調度品が展示されている
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ここがヨーロッパと勘違いさせられるかのような豪華絢爛な品々。現在のキューバ人宅よりも絢爛豪華に見える。当時だとそうとうなものだと。サトウキビ儲かるね~と思う反面、どれだけの黒人奴隷が働かせられていのかと思うと考え深いものがある。
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ボヘミアングラスやベネチアングラスのランプ、マイセンの食器棚、オーストリア製の絵付棚、バカラのグラスなど
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サンティシマ教会やロマンティコ博物館の前にマヨール広場がある。この周辺に博物館が集まっている。
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パステルカラーの家が建ち並ぶ
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狭い八百屋
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しばらく歩くと石畳からアスファルトに変わる。この辺りからトリニダー住民の生活ぶりをみれる。
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葉巻工場に行ってみた
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到着したのが17時前で、閉館直前だったせいか片付けられていた
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奥に2mの大男とオバチャンがいたので葉巻作るとこ、ちょ~観たいんでけど~とお願いしたら見せてくれた(この時ちょービビっていた、遠くから声をかけてもこの2人は無表情だし、室内は画像よりももっと薄暗く感じた、逃げ口は入口しかなく、全ての荷物を背負っていただけに奥からゾロゾロと仲間が出てきてアツアゲされたらどうしようかと考えていた)

オバチャンは良い人でした。手際良く葉巻を作ります。
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2mの大男も良い人でした(笑顔で写真を撮ってくれた)。御礼に作りたてホヤホヤを1CUC≒100円で購入。
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土産物の露店をブラブラ。ガーゼ生地で作ったものがたくさんあった。トリニダーってガーゼが有名なの?
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最近ではこういったシンプルでオーガニックなデザインのものも好きになりました。落ち着いた大人になったと勝手に思っています。
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葉巻の先端を切るやつ。これ欲しかった~。でも両替屋が見つからず、ハバナに戻るまでの費用が未知だったからグッと我慢した。
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早く葉巻吸いて~
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この地方の伝統的な飲み物ラ・カンチャンチャラを飲みに行った。

サトウキビの蒸留酒でラム酒のようなアグラルデンテというお酒にハチミツとレモン、水を加えます
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ラ・カンチャンチャラと一緒に葉巻工場で購入した葉巻も楽しむことに。ワイルドに先端を噛み切った。
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店内では生演奏が聴けます。酒、葉巻、キューバ音楽、最高のひと時だった。(ひと時というか葉巻を吸い終わるまでずっと店内にいた、一時間ぐらいですかね、その間3回ほど客が入れ替わっていた、ボクは嫌な客になっていたに違いない)
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キューバ滞在中に一番かっこいいと思ったクラシックカー。やっぱ赤やね。
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日が暮れ始めた
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日没直後、街全体がオレンジ色に染まった。トリニダーの日入り、オススメです。
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トリニダーでお世話になった宿(名前忘れた)1泊10CUC≒1,000円 大阪のオバチャン的な強引な客引きだった、だけどノリがよかったのでここに決めた
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カーサは個室がほとんどで、ダブルで15CUCのところをよく見かけた。シェアするとお得。
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トリニダーの宿の晩飯でよくランゴスタ(伊勢海老)が食べられると聞いていた。今回泊った宿のオバチャンにも「ランゴスタ食べる?」と聞かれた。晩飯は有料で食べるかどうかは自由に決めれる。ランゴスタ6CUC≒600円、・・・食べとけばよかったぁぁぁ
トリニダーのランゴスタ
引用

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夜のマヨール広場とサンティシマ教会。昼間とガラッと雰囲気が変わる。
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夜飯を探しに街をウロウロするも観光客向けのレストランばかりで高い。少し歩いてローカルなところに行った。
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賑わっているところがあったので覗いてみると立ち飲み屋だった。プラスチックのコップに入ったラム酒飲んだ。
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空腹もあってすぐにホロ酔いになり、しかも街は暗くなって見分けがつかなくなり迷子になった。

おかげで夜に参加する予定だったサルサ教室6CUC≒600円(安かったので覚えている)に行けなかった。

道を尋ねながら、なんとか宿に着きそのまま寝た。

トリニダーの夜の思い出は、立ち飲み屋のラム酒だけ(何し来たんだか・・・)

あとがき
“ランゴスタ、食べとけばよかったぁぁぁ(しつこくてすみません)”   と思ふ今日この頃でございます

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【キューバ】シエンフェゴス?シェンフェゴス?どっちでもいい?

世界一周 149日目 国旗_キューバ シェンフェゴス@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • 世界遺産マーク シエンフェゴスの都市歴史地区
  • カサ・パルティクラフレ(一般家庭の宿)

砂糖、コーヒー、タバコ貿易の拠点としてフランス人の移民によって造られた町シエンフェゴスに行ってきた。 

シエンフェゴスの都市歴史地区
世界遺産_シエンフェゴスの都市歴史地区

2005年に登録されたキューバの世界遺産(文化遺産)。シエンフェゴスは、首都ハバナの南東、キューバ島中央部の南岸にある人口約13万2000人のシエンフェゴス州の州都で、カリブ海に面した港町である。18世紀半ば頃、この地にスペイン式の城砦が造られ、後にフランス人移住者が定住して都市が形成された。サトウキビ、タバコ、コーヒー、皮革の交易地、積み出し港として発展し今日に至った。同市内には定住したフランス人らにより新古典主義様式の建物が建築され、その後ほかの様式が折衷された建造物が増え、独特の町並みを築きあげた。同市内にある都市的歴史地区には、政府宮殿(市庁舎)、サン・ロレンソ学校、フェラール宮殿など、往時の建造物が多数残されている。こうした都市景観は、19世紀にスペイン啓蒙運動によってもたらされ、ラテン・アメリカで独自の発展をとげた近代都市計画の典型的な事例ともされている。

世界遺産_シエンフェゴスの都市歴史地区_1
世界遺産_シエンフェゴスの都市歴史地区_2

一部Dliftから引用

よくやくハバナを離れることができた(前日は満席だった、首都なのに)
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ハバナ→シエンフェゴス, Viazulバス, 3h30min, 20CUC≒2,000円
移動_ハバナ→シェンフェゴス

車窓からサトウキビ畑が見えた。3時間半の30分は昼食タイム。残り30分の距離でも昼食タイム。せっかちな日本人のボクは少しイライラする。
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バスターミナルは街の中心から徒歩15分ぐらいにあります
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シエンフェゴスの街は碁盤目状に区画整理されているので分かりやすいです
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中心地に到着。(見えにくいけど)誰かの銅像が立っている。
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メインストリート。ホセ・マルティ広場まで続きます。奥に見えるのは旧行政府宮殿。
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世界遺産の街だけあって案内板があちこちにあります。
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フレンチコロニアルな建造物が見所です
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ホセ・マルティ(独立の父)広場に到着。ホセ・マルティの像。
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旧行政府宮殿。博物館と思い入ろうとしたら止められた。現在は市庁舎として使われている。
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プリシマ・コンセプシオン大聖堂
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トマス・テリー劇場。2CUC≒200円で場内に入れる。
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ちなみにこの街は、ゲバラと共に活躍した革命児カミロ・シェンフェゴスとは関係ない、と思う。(ちゃんと調べていないです)
カミロシェンフェゴス1カミロシェンフェゴス2

ホセ・マルティ広場にあるシェンフェゴスの銅像。初代市長かなんか、と思う。(ちゃんと調べてないです)
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銅像の前のベンチで座ってたオッチャンが言っていたから間違いない、はず
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広場から海の方へ目指す
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といっても何もない
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日差しが強い
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シェンフェゴスは世界遺産に登録はされているももの街は小さく、見所も少ないので、隣町のトリニダーから日帰りする観光客が多いみたいです。半日あれば十分だと思います。

キューバのビールを片手に街を散策
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近郊にパラシオ・デ・バジェと呼ばれる当時の費用で256万ドルと4年の歳月をかけて建設された宮殿のような豪華な建造物がある。(みたいです、ボクは行っていないです)
世界遺産_シエンフェゴスの都市歴史地区_2
引用

キューバのガソリンスタンド。日本とあまり変わりない料金。
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車は裕福なキューバ人のステータスのような気がする。

思い返してみれば、外国人観光客を相手取るタクシーや宿のオーナーは経済的に余裕があるように見える。

平均月給2,3千円のキューバ社会で、10分のタクシー利用で500円、1泊1千円の宿、そら一般市民は観光業に力を入れたくなるわ。

ピッカピカな車とラフな格好の持ち主。いかにも裕福って感じ。
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10CUP≒40円のピザを食べた。これ美味しかった。(ハバナで食べたピザが不味過ぎただけかも)

睨みを利かせる海老蔵
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シェンフェゴスでは二つ折りにして食べるみたい
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キューバではカサ・パルティクラフレという自宅の一部の部屋を観光客に宿として提供している。

ドアや壁に貼つてある青色の錨(いかり)のマークが目印。観光地ではよく見かけた。
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シェンフェゴスでは、バスターミナルで客引きしていたオバチャン宅にお世話になった。(宿は2階、なのに1階の呼び鈴を鳴らしてしまい一般家庭にいきなり「泊めて」と言ってしまった、家主のすごく面倒な顔が印象に残っている)

男1人旅には似つかわしくないラブリーな部屋、ちょっと恥ずかしかった(花、ピンク、ロココ調を主としたメルヘンな内装)
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あとがき
日本の平均月収に置き換えると、一泊20万円ぐらい。

“ぼろ儲けですやん”   と思ふ今日この頃でございます

ということもありキューバ人は観光業ばかりに着手し過ぎて、キューバ国内の経済が不安定になった過去があるとか。そのためキューバ政府も規制するのだが・・・ちなみにハバナで利用したホアキナ・ハウスには(政府公認の)カサ・パルティクラフレ(青い碇マーク)は付いていない。違法、かもしれない・・・そんなキューバの現状でございます。

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【キューバ】3回表のウェーブ

世界一周 148日目 国旗_キューバ ハバナ@キューバ  のお話

まえがき
今回の内容でございます。
  • キューバの通貨
  • 革命広場
  • ホセ・マルティ・メモリアル
  • バスは前日予約がいいよ
  • 動物園
  • ハバナ市内の乗り合いタクシー
  • 野球観戦

キューバには11日間滞在した。

ハバナ→シェンフェゴス→トリニダー→カマグェイ→サンティアゴ・デ・クーバ→サンタクララ→ハバナといったルートで世界遺産を巡りました
キューバ観光マップ1
DTAC観光情報局から引用

とにもかくにもまずは両替。

オピスポ通りのCADECAで両替、昼から夕方は長蛇の列になっているので朝(8:30~)に行った方がいいです
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キューバの通貨について
キューバは外貨と交換可能なクック(CUC)と国内で一般的に流通する通貨の人民ペソ(CUP)の2重通貨制度(ソ連崩壊後の1994年に導入)になっている。

1CUC=1USD、1CUC=25CUP、1CUP=4円 というのを覚えて買い物をしていました。 

キューバに来るまでは、見分けつくの?財布は分けた方がいい?両替やお釣りの時に誤魔化されない?とか心配していましたが、すぐに慣れますし、お釣りも誤魔化されませんでした。(両替した翌日には紙幣も硬貨も同じ財布に入れていました)

左がクック、右が人民ペソ。クックは建造物や観光地、人民ペソはホセやゲバラ、カミーロなどの人物が描かれています
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左がクック、右が人民ペソ。区別は紙幣と同様。クックは角ばったデザインになっています。
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3人民ペソの紙幣と硬貨にはゲバラが描かれています。(これをお土産にするのはキューバ旅行者のあるあるじゃないでしょうか)

キューバ政府はこの2重通貨制度を解消すると発表している。(時期やどちらの通貨に統合するか未定とのこと)

やはり、カストロが死んだらキューバは大きく変化するような気がする。(行くなら早いうちがいいかも)



近くにあるカテドラルに寄り道。

前の広場の石畳は17世紀のもの、周囲の家々は18世紀前半に建てられた
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カテドラル広場には柱からのぞき見する銅像がいる
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こいつ、夜には不審者に変身する。知っていても一瞬ドキッってする
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ハバナの街にはこういったキューバの衣装を着た人がたくさんいる、もちろん写真を撮ると請求される
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インフラが整備されていないのでバスの便数は少なく、移動が大変と聞いていたのでハバナ観光は後回しにしてとりあえずハバナから移動することにした。

宿をチェックアウトし、バスターミナルに向かった。

まだ9時過ぎだったので街ブラも兼ねて歩くことにした。

ゲバラやカミーロをはじめとする壁画やデザイン画が街のあちこちで見られる
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とりあえず革命広場に向かって歩く。

寂れた商店街のアーケード、でも活気はある
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途中デパートがあった、内装に派手さはないが普通のデパート
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革命広場の手前にキューバ人向けのASTORO(アストロ)社のバスターミナルがある、ノリでチケットを購入できないかチャレンジしたがダメだった
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革命広場に到着、カピトリオからダラダラ歩いて1.5hぐらい
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革命広場周辺はベダード地区(新市街)

内務省のゲバラの肖像 右下に「勝利よ永遠に」と書かれている
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情報通信省のカミーロの肖像 右下に「いいだろ、フィデル」 と書かれている
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記念撮影。スペイン人観光客に撮ってもらった、やたらピースしろと言われたがよく考えるとV(ictory)サインなので考え深いものがある
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革命広場を振り返るとキューバ独立の父ホセ・マルティの記念碑ホセ・マルティ・メモリアルがそびえ立つ
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高さ109mの星型の塔
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1階は博物館になっている
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リンカーンと何か関わりがあったみたいです、wikiにはリンカーン記念館をモデルに塔が建てられたとあるが・・・それだけ?ほんと?
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ホセ・マルティは欧米で亡命生活を送りながら詩人として名が知られた。それもあってかディエゴ・リベラの代表作である「アラメダ公園の日曜の午後の夢」(詳しくはコチラ)に登場している
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しかもリベラとフリーダの横に
ホセマルティメモリアル1

ベネズエラの政治家ウゴ・チャベスが2002年にキューバを訪れた際、フィデル・カストロに贈呈したシモン・ボリバルの剣のレプリカ
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ホセ・マルティが来ていたスーツ
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他にも幼少期の写真や詩、スペイン軍との独立戦争で使用した銃など多々展示されていた
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塔の写真
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左からチェ・ゲバラ、フィデル・カストロ、カミーロ・シエンフエゴス。革命広場での演説の様子
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革命広場に集まったキューバ市民
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内務省の建物に位置する当時の建物にもゲバラの肖像が掲げられている
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演説の様子
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ホセ・マルティの特徴をとらえたオブジェ
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何故か女性便所だけにホセ・マルティの巨大な顔のオブジェが。飾る場所とオブジェの大きさ、おかしくね?
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ホセ・マルティに模した役者かわからないがマルティの鮮明な写真
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彼がいたからこそ今のキューバがあるようなものなのです
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でもお土産コーナーはゲバラのグッズでいっぱい。結局は顔ね、人気者は男前ってことね、デコッパチに髭はあんまりってことなのね
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外にでて演説の台座っぽいところから革命広場を眺めた
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革命広場の風景です、何これ?って感じですけど雰囲気だけ味わって頂けたらと


外国人向けのViazul(ヴィアスール)社のバスターミナルは革命広場からかなりの距離がある。(キューバ旅行ではこのViazulのバスを利用するのだけど、ハバナのバスターミナルだけアクセスしにくく遠い、カピトリオから近くまで行けるバスがあるらしい)

公共バスは1人民ペソ≒4円だし(後々知ったけど市内エリアは0.5人民ペソみたい)、一本道も多かったので悪ノリと運だけでバスターミナルに行けるかチャレンジしてみた。(炎天下で頭がおかしくなっていたのかもしれません、普通の人はタクシーを使うと思います)

最初に来るバスにとりあえず乗車。行き先は不明。
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方角は地図でなんとなく分かったので、なんとなく下車し、現地人に場所を尋ね、バス停まで歩き、バスに乗車し、を繰り返した。
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革命広場を出発して1時間ほどで到着した。タクシーだと20,30分くらいでしょうか。
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昼前に到着したものの11時、13時の便は満席、それ以降の便はない、なので明日しか空席がないと言いわれた。仕方がなく翌日のチケットを購入してハバナの旧市街に戻ることに。(空席なしはこの1回きりで、これ以降は飛び込みでも空席がありチケットを購入できました、運ですかね?)
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ハバナのViazulバスターミナルの前に動物園がある。せっかくなので行ってみることに。
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入園料2CUC≒200円 , 料金の割には楽しい。オススメはしないが暇つぶしにはなるかと。
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この動物の種類の多さにキューバでの現状を垣間見えた気がした。動物のエサ、立派な野菜だった。野菜不足だったので欲しいくらいだった。物資不足は10年以上前の話だと思う。
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猿の1人Hを初めてみた(というか人間のも見たことがない)。しかも最後に食べちゃうし。なんか気分が萎えた。
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屋台で鶏肉チャーハンを買った。隣の池のガチョウがうるさかったんですけど・・・
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バスターミナルから旧市街への帰りの移動も運任せの公共バス移動をした。

行きと違ってスムーズにはいかず急旋回したり、横道にそれたりしてなかなか到着しなかった
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バスに乗っている間、このまま真っすぐ~真っすぐ~曲がるなよ~と念じていた、こんな時ほど曲がっちゃうんだよな~
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昼過ぎということもあってどのバスも満員だった
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結局タクシーで30分の距離を2時間かけて移動することになった
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朝にチェックアウトした宿に再びチェックインし、ハバナ旧市街をブラブラ。

数は多くないけどお土産屋もある
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独特のタッチのキューバの絵は名物。世界一周中でなかったら買っていたかも。
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下町エリアはボロボロだけどレトロな感じがしてどの風景も画になる
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ハムとチーズをはさんだピザ風サンドイッチ 10人民ペソ≒40円 めちゃくちゃ美味しそうやったけど見た目の10倍美味しくなかった
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ちょっとした商店。ガラスケースの中の商品は1.2個単位で陳列されている。一昔前の日本もこんな感じだったと思う。日本のコンビニが充実過ぎている気がする。
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野球を観戦しにハバナ市内の球場へ。

タクシーを待っている際にセクシーなねーちゃん。ボクもここでタクシーを待つことにした。
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キューバのクラシックカーは乗り合いタクシーになっていることが多い。

観光客向けにあえてクラシックカーにしていると思う。日本でいう人力車みたいな感じ。(どちらも乗用車の方が便利、でも風情を楽しむためには不便な方がいい時もあったりする)

ハバナ市内の乗り合いタクシーについて
乗り合いタクシーの料金は、市内だと一律で、キューバ人だと10人民ペソ≒40円、観光客には5CUC≒500円ぐらい。

10人民ペソで乗車するコツは、乗車する前に○○でいくら?と聞かないこと。

慣れたフリをして降車する際にスッと10人民ペソを渡す。(それで文句を言ってきたら更に10人民ペソを渡せばいい、それでも80円)

ラティーナ エスタディオと伝えれば球場まで連れて行ってくれます、球場は革命広場から少し離れたところです
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野球好きのキューバ人にとって球場に向かうヤツに悪人はいないと思っているせいか乗車しているキューバ人皆がノリノリになった(ちょっと面倒だった)
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球場に到着。試合開始1時間前にも関わらず打楽器が鳴り止まない。こんなに離れていてもうるさいぐらい。
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地元応援団の気合いがハンパない。こういうの見るとテンション上がる。
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球場周辺は警官だらけ。観客の激しさが予想できた。
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パチンコ屋の交換所みたいなところでチケットを購入。外国人は3CUC≒300円。
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行列に並び球場に入る。入口では荷物チェックされる。
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キューバ人が云うには5万人収容の球場とのこと。(そんなに入るかは疑問)
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いよいよ試合開始。

席の指定はなく自由に座れる。とりあえずバックネット裏へ。日本の球場の場合こういう席はそこそこの値段がするんじゃないんですかね?
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球筋が見えるぐらい近かった。でも野球をよく知らないボクにとってネットが邪魔だった。
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青×白ユニフォームがハバナのチームです。

三振をとる度に、ヒットを打つ度に毎回立ちあがって大喜びします。

疲れないのでしょうか?

1回表からこの勢いだったのでビックリしました。

応援もキューバらしい笛やや打楽器を鳴らしまくります。

攻守交代の際も鳴りっぱなしです。

疲れないのでしょうか?

観客全員でウェーブをしました。

たくさんしました。

休みなくたくさんしました。

3週目から「えっ!?いつ終わるの??」って思いました。

4週目には「えっ!?あんたら試合観る気あるの??」って思いました。

5週目は無視しました。

でもボク以外のほとんどの人はウェーブをやり続けます。

場が悪くなるのは避けたかったので、皆に合わせてウェーブを再開しました。

6週目、隣の人を見て「ほんと、好っきやね~」って思いました。

7週目、やっと終わりました。

ちなみにこの時3回表です。

序盤です。

盛り上がる場面でもなかったです。

意味がよく分かりません。

キューバ人の波に乗るのは中々難しいです。

少し疲れました。



3回裏、野球試合内容よりもキューバ人の観客に興味が湧いて席を離れて、球場内をウロチョロした。

未確認だけど後方の席や立ち見席は無料かもしれない。チケットチェックしているのは前方の席だけに見えた。
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球場内の様子です


5回表が終わり、試合後の帰路手段に懸念したので、5回表で0-0だったけど球場を出ることにした。(観客の人数に対して車の台数があまりに少なかった、たぶんほとんどの人がバスかタクシーを利用すると思う、観客は何万人といるというのに)

これも球場内、スラム街みたいです
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スタジアムを出た直後、これまで以上の歓声が上がった。(ハンパなかった)

しかも長い間。(ず~~っと鳴り止まなかった、テンション上がったのかな?)

多分、得点が入ったと思う。(あと10分いれば観れたのに・・・)

帰りのタクシーを拾おうとするもライトが眩しくてタクシーかどうか分からない
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どうしよっかと迷っているうちに公共バスが来たので乗車した、車内は真っ暗

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夜はヤバイと思い、乗車する際に中心地に行くことを確認したのでちゃんと目的地(カピトリオ)に辿り着いた
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小腹空いたのでサンドイッチ10人民ペソ≒40円とジュース1人民ペソ≒4円を購入。この時に1人民ペソの安さに気付いた。ミネラルウォーターが1CUC≒100円ぐらいなのでジュースの方が割安。味も普通。
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バーに行くとテレビで野球中継が放送されていた、さっきまでそこにいたんだよな~と不思議な感覚になっていた
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試合はシーソーゲームで2対1で地元ハバナの地チームが勝利、ボクが球場を出てすぐに得点が入ったみたい、盛り上がる試合内容だっただけにすぐに球場を後にしたことを後悔
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バーではサルサが流れる中で葉巻を吸い、モヒートを飲むオッサンがいた。そこにキューバがあった
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あとがき
キューバは野球が強い国で、選手は体がゴツイ(全員助っ人外国人)

選手に限らずキューバ人男性はゴリゴリのムキムキが多い(半分ゴリラ)

正直、キューバ人がキューバ国内で栄養豊富な食事をするにはかなり困難だと思う。

なんでこの食事でこんなゴリゴリになるの?って不思議に思う。(DNAなんですかね?)

冗談抜きでこんなんがいっぱいいる、こんな格好はしていないけど
バキバキのキューバ人 

“正露丸ですわ”   と思ふ今日この頃でございます

最後まで読んでくれて
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